D自分を割る 3

イタワルが自分を割る
「割」はワル・カツ、組み合わせると労ル。
「ソウカソウカ 無理なかった」、ソウカの組み合わせで労(イタワル)

ソウカ

イタワル事が自分を割ると取れます。
清く正しく美しくあらネバベキと精神の背伸びでは割れませんね。


自分を割ることは客観すること
「ソウカソウカ 無理なかった」は人生の行程を肯定するエネルギーですから「今茲」の充実です。

逆に言えば、肯定できないのでネバベキを使っています。
知識を構築しても、ネバベキを使い続けていることに無自覚なので
「今茲」を上へ先へと求めています。


コトバは命、コトバが心、コトバは神と共にあり、コトバの本質は愛、と知識はあっても
ネバベキを使い続け自己否定とジャッジしていることに無自覚でいるので
音を変えればいいのに、ネバベキのまま知識や教義、思考で
意識を高めようとか感情をコントロールしています。


それではネバベキを強めます。
まだ学びが足りない、もっと教えに近づかネバ、こんな自分ではダメ、
もうそれは知っていると固定してしまう
あるいはその時は納得しても、いざ追い込まれると感情は暴れ馬、
自分との戦が終わりませんね。
無邪気さは出ようが無く、簡単にウツになるし癌になっても不思議ではありません。

知識はあっても自己否定は自律神経緊張ですから
コトバのエネルギー、使い方に気づかないとスピリチュアルの落とし穴にドボンです。



コトバが究極の場のエネルギー、どう使うかが要です。
コトバが心を作ると知識はあっても、ネバベキでジャッジしていることに無自覚なんです。
そのくらいコトバが自己化しています。

ジャッジは記憶・概念を元にした下からのコトバの使い方ですから囚われます。
自分を割る=客観するのは「愛と感謝、イタワリと許し」の
上からのコトバの使い方が醸し出してくれます。

同時にジャッジしなくなるので現象の囚われから原因にアクセスで
「何で?どうして?」と問いを深めます。
「無知の知」のスタンスであり、練られた無邪気さです。

ジャッジは固定観念とコテイ(固い)体を作りますね。



ネバベキは感情にロックされ主観に埋没しています。
フィジカルから言えば自律神経緊張状態なんです。

「ソウカソウカ 無理なかった」は
鳥瞰図的に行程を丸ごと肯定するエネルギーですから客観でき感情のロック解除をします。
ロックしていたら、その音を回せませんから。
イタワルことで自分を客観でき、感情から感覚にシフトします。

感情にロック=主観に埋没・現象に囚われる=自律神経緊張
感覚にシフト=感情を客観・原因にアクセス=自律神経緊張緩和

客観は緊張緩和で感覚にシフトし、センスアップ
その延長線上にチャクラや六感覚の活性が有ります。
なぜなら、それらも自律神経(オートマチックに繋がる神の経)の働きです。



ネバベキでは、音の本来性のエネルギーに感応できません。
波動ですから音に乗れば高まるのに、
ミラーニューロンを閉ざしたまま思考でわかろうとします。


イタワリの音に乗ることで感応でき
自己否定で凍結麻痺した中丹田をアタタカイ温度の音で溶かし、コイル=自律神経を整えます。

スピリチュアルはスピリット、自律神経と行為に投影し
権利や自己主張は影を潜め「いいよいいよ、どうぞどうぞ」と分かち合いで分かち愛、
分かち合うから分かる愛を実感します。


さらに音そのもののエネルギー、ネハン=音波云の世界を目で確かめ、
自分の中に浸透させる術が字割なんです。






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D自分を割る 2

語の仕組み
3000種以上ある民族語ですが、地上のコトバです。
現象を意味付け認識と自意識を作り、コミュニケーションしていますが
地上=肉体五感覚に対応するので、有限相対差別に働きます。


五感覚に縛られた有限相対差別の意識が自我の強さで
無限絶対全一の真我(命の世界)とは分離が出ます。
有限は物やお金に囚われ、相対差別は勝ち負け・損得、比較競争となりジャッジします。

ジャッジは正悪とコントロールでネバベキの音のエネルギーに縛られます。
何を元にジャッジしているかというと、記憶・概念=輪語のミルフィーユなんですね。
そして、記憶と概念に基づく自分の思考と感情が正義になっています。


本能的に真我との分離が命の不足感となり
教義や知識、思考で埋めようとしたり
真我の自覚には自我を割ろうとなり、難行苦行で肉体五感覚を超えようとします。

そして真我の世界はコトバでは言い難い、コトバを超えた世界というわけです。
地上=肉体五感覚に対応し概念と自我をつくる「語」ではないことを言うのでしょうが
「コトバを超えた世界」とコトバを使って現していますね。
音そのものを理解できないからと思うんです。


語は現象を意味付けるため音と現象が一体なんです。それが概念ですね。
音そのもののエネルギーが閉ざされています。

お釈迦様は難行苦行では悟れないことを悟り、
悟りの世界(真我=命)を涅槃と言ったそうですが、
ネハン=音波云、ずばり「音のエネルギーが云ぶ」と取れます。
概念を超えた音そのもののエネルギーが云ぶ世界と考えます。
「愛と感謝、イタワリと許し」で充満し、調和が連鎖する何一つ「モンダイナイ」世界。

言,
言+l


音のエネルギーを理解できると
音の本来性が作る天意(真我)は「愛と感謝、イタワリと許し」と「モンダイナイ」世界なので、
その音を使えば良い事がわかります。


ロ=真我と上に乗る自我が自分、コトバで成り立っています。
言が自分なんですね。
そして言の展開が事を現象するので、確かにWORLD→WORD+Lです。

「愛と感謝、イタワリと許し」「モンダイナイ」天意の音に乗ることで自我の板が割れてきます。
上からの縦の音のエネルギーを使うわけですが、
「ソウカソウカ 無理なかった」は行程を肯定し、現象を受け入れ許し認める音のエネルギー。
「モンダイナイ」は問題を無くしていく音のエネルギー。
ジャッジは無意識にモンダイアリがベースになっているので問題は無くなりません。


言に縦の音(|)=愛が入ると、主+ロ(露)となり自分の中に主を露わすことになります。
自我が有るがゆえに露わすことができるわけで、自我を否定する必要はないんですね。

縦の音(|)は中心軸=コイルを整えることに通じますね。
具体的には、自律神経緊張緩和です。
緩むと許せ許すと緩む相乗作用で、アンテナの皮膚感覚は高まりエネルギーに感応できます。
内から気づきが湧き、現象を肯定できるので「今茲」が近づきますね。


音のエネルギーに気づけないと
思考、教義、知識で自我を割ろうとして更にネバベキを強めやすく、
ジャッジするネバベキの音を使い続けている事に無自覚なんです。

自己解放を自己否定しながら、「今茲」と知識はあっても上へ先へでいますし
自律神経を緊張させながら健康と安らぎを求める感じです。

瞑想中はマントラは音に意味を持たせなので概念を超えやすいですが、
終わればネバベキに戻り教義や思考、感情に縛られやすいと感じます。

なんてったって、バベルの塔崩壊以来
概念・記憶、コトバを変えれば思考と感情に縛られ
下からのコトバの使い方できているので、自覚しにくいんです。
(ですから、コトバを超えた世界というのでしょう)
そうなると四六時中瞑想しなければとなり、日常生活がままなりません。


不安緊張違和感、問題を感じた時は自我が浮き彫りですから、
「ソウカソウカ無理なかった」「モンダイナイ」のイタワリの音で自我の板を割るチャンス、
自分の中に主を露わすチャンスになり、日常生活の中に精神性を広げられると考えます。

WORLDはWORD+L
「愛と感謝、イタワリと許し」「モンダイナイ」音が開く世界がお出ましになります。
真我との分離が薄くなっていくと考えます。



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D自分を割る 1

かつての自分は宇宙意識に近づきたい、それには自我を割らネバ
清く正しく美しくあらネバと精神の背伸びをした浄化とスピリチュアルに励んでいました。


自我を無くした世界ですから自我を否定していたんですね。
自分とは何か?というと、コトバ=音の存在なんです。
日本語というコトバ=音の仕組みで自意識を持ち、現象を意味付け認識して
自分の世界観・人生観になっています。

WORLD→WORD+L(開く意味)、
どういうコトバで意味付け展開しているかが
自分の世界観であり、個々の集合で世界情勢になるとわかります。



が自分
言という字形がミルフィーユに見えたんですね。
下のロが真我というベースのケーキ、その上にリンゴ(輪語)のミルフィーユが乗っかっている。

言,
智恵の実のリンゴを食べた事で天と分離したことは
人間が地上のコトバ(語)を習得し自意識を持つようになったことです。
記憶・概念を蓄積し自我を強めていきます。
地上のコトバ(語)ですから横にしか働かず、上のコトバ(詞)の天には通じず縦には働きません。

ロは真我、その上に記憶・概念、自我・顕在意識が有りそれが自分と思っています。
真我とは分離しているんですね。


ミルフィーユは千枚の葉の重なりの意味が有ります。
言葉も葉ですから横に働く語の重なりで、
ロ(真我)の上にある三は「一は二を生み三は万象を生む」意味から
まさに輪語で無数に語を重ね自我を構築してきています。

真我との分離感が自我を否定し、無くすことで真我を自覚できると考えていたわけです。
ですからこんな自分ではいけないもっとこうあらネバベキ
自我を無くすために自分を割るをやります。


ネバベキの音は自我を否定している=自己否定のエネルギーなんです。
自己否定しながら自己解放を求めるのですから大変な矛盾です。
そのスタンスが自分を割る為に難行苦行に走らせ昔から続いています。

そのスタンスでの修行は自律神経緊張なのでクンダリーニ症候を招き
心身ともおかしくなるのも無理はないんです。
煩悩と戦い続けるわけですが、戦は「単り+戈」と書くよう自分に矛を向けているわけです。


自分を割っていくことは非常に厳しく矛盾しているんです。



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Dプロフィール

桑原大治

Author:桑原大治
宇宙は光透波
無限分の1秒で無限大を回る絶対速度、命でありコトバの本質と解く小田野早秧先生に1984から御逝去の2001まで師事し光透波理と字割を元に、埼玉県川口市でカルナ治療院を開いています。

腰痛、膝痛、首痛、顎関節症、スポーツ障害、内臓疾患、ウツ、自律神経失調症
メンタルからもアプローチしながら対応します。
改善しにくい原因に、無自覚の自己否定、口呼吸、菌の影響があります。
MMSのアドバイスもします。

予約制、水曜・木曜休診

JR武蔵野線、地下鉄南北線(埼玉高速鉄道)
東川口駅歩3分 

問い合わせ
kt99av@bma.biglobe.ne.jp

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