D 高野山詣で 2

本当の豊かさを求めインドを放浪し

宇宙意識になればわかるのではと瞑想(TM)を熱心にやっていた。


小田野先生との出会い

「大ちゃん、宇宙意識って音よ。宇宙は音でその音が意識なのよ。

そして音は光であり温度でもあるのよ。


音が数に働いて真理になるのよね、

数は規則性・順序性でしょ、それが法則なのよ。」

小田野先生はさらりと話してくれた。



私はそのさらりに衝撃を受けた。

長年の瞑想でそれなりの瞑想体験があったが

それはベール越しに宇宙意識を捉えているようなもので

光透波理が見えるか見えないかのベールをはがしてくれたのだ。


茫漠としていた宇宙意識・絶対界・真理が音であることが。



そして瞑想でしかアプローチできなかった六感の世界が

光透波理と字割で理解でき、瞑想体験も裏付けることに感激した。


これだ!との感激と人類開眼のマスターキーとの思いもあり

東京の事務局を買って出てセミナーを開催し

光透波理の学びと字割を深めていた。



字割によって

宇宙意識が開かれエネルギーを得られるのである。


長時間の瞑想も、ヒマラヤに寝泊まりに行くことも

出家も難行苦行もせずとも、日常生活の中で見い出せるのである。


そのエネルギーで治療ができればなんと素晴らしい事か!

空海やキリストやヒマラヤ聖者のように

コトバのエネルギーを使えるようになれるのだから。




生活に降ろせなかったのはなぜか

字割に没頭するのだが

そうは問屋が卸さずで実感が上がらない。


口伝された人は1120年余りに

百人いるかどうかの奥義に代わるものだから

そう簡単には降りないのであろうが・・・


字割も光透波理を話せても

治療や生活に投影する実力発揮ができずにもがいて

それはまだ学びも字割も足らないからだと思っていた。


まだダメまだ足りないと上へ先へのビジョンでいたのである。


しかしそうではなかった

コトバの本質を学んでも、コトバの使い方を知らなかったのである。


それに気づかされたのが「成層圏から落下」の夢見であった。



夢見の体験

本当の豊かさを求め放浪し

それを宇宙意識に求め瞑想にのめり込んだのも

根底に潜む不安や恐怖、親に認められたい反動だったのである。

それには全く気づけず

反動路線のままで光透波理と字割をやっていたのである。



反動に気づけなければネバベキの音にロックされ続け

自己否定しながら自己解放に躍起することになる。


それではアナハタが凍結したままなので

知識は構築しても丹田には降ろせず頭でっかちで

エネルギーが丹田に降りなければ感応も実力発揮もほど遠いし

理想と現実のギャップが強まり苦しくなるのは当然であった。



角度を変えて言えば

コトバの本質を学んでもコトバの使い方はネバベキの因縁のままで

それがもたらしてきた自分の思考と感情が正義と固執し

売りコトバに買いコトバ、ジャッジに始終していたのである。


いくら知識を構築し字割に励んでも

日常のコトバの使い方はネバベキの因縁のままであるから

因縁が作るバーチャルの世界に幽閉されたままなのである。


まさにWORLD→WORD+L(開く)と教えるように

コトバの使い方が自身のWORLD=人生に結果すると解るではないか。



さらに言えば自分を割る事は

もっと清く正しく美しくあらネバで、そうなることが浄化と考えていた。


そのスタンスは

正直な気持ちやドロドロを押し込めた精神の背伸びと自己否定であり

それは「今茲」を否定していることになり

上へ先へと「今茲」を求めていて

「いよいよ、今年こそ」と言い続けていた有様で

いつになっても上へ先へでいる事にまったく無頓着であった。


その無頓着は自己否定に無自覚であることを示唆している。



ところが「成層圏から落下」で

初めて自分を客観でき、自己否定に気づき許せ認められると

自分を割る事は

イタワル事でありそれによって客観力が育まれ

浄化は汚れを出すことと気づくのである。


「ソウカソウカ 無理なかった」のイタワリは

過去の行程を肯定し

過去の闇に加光し

アナハタの凍結を解除するアタタカイ音のエネルギーで

「今茲」を近づけてくれるのである。


売りコトバを買わずにイタワリ、問題を感じたら「モンダイナイ」。

問題は現象や相手にあるのではなく

因縁によるコトバが作る思考と感情にあるのだから。



成就とは一切合切の肯定であるので

イタワリは成就の現在完了進行形なのである。

ソワカとソウカ



空海から口伝された真言の奥義に代わるものが天鏡図であり

それにより後得先修(先に修行があり後に得る)から

先得後修(先に答えを得て後から修めていく)ができ

ゴールを示す地図を手にすることになり暗中模索からの脱却である。


しかし私は天鏡図を受け取ったのだが

開けなかったのは

コトバを因縁のままに使っていたからだ

そして自分を割る事はイタワル事と気づかされたのである。

自分を割る



出家はしがらみ社会を逃れてであるが

しがらみこそイタワリの対象であり

日常生活の中にこそ因縁解消・浄化を見出せるのである。


それはまさに蓮の花で、泥と言うしがらみがあってこそ花開く。


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真言の奥義が1120年余りを経て天鏡図に代わり

そしてそれを生活に投影するには

買いコトバとジャッジせずイタワルことに気づかされた。


ダラニがこのように伝承されていることを奥の院に報告したら

「ソウカソウカ、ヨシヨシ」と応えていただいた。




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D 高野山詣で 1

長年の思うことがまとまり、5月9日に高野山を詣でた。

その背景を先ず書いてみたい。


真言の奥義

宗派に関係なくこの人にと思う人に生涯一回だけ口に出して伝える

空海から口伝されてきた真言の奥義中の奥義のダラニがあった。


その最後の伝承者が小田野早秧先生である。

油井真砂先生から1958年に口伝された。景教



空海入定の835年から小田野先生までの1123年間に

どれほどの方が伝授されたのだろう。


1120年として口伝が20年サイクルで56人

10年サイクルとしても112人しか受け取っていない奥義である。



天鏡図

小田野先生は

油井先生から「あなたは全宗教に橋渡しをしたのよ、あなたが止(とど)めの人で結構。」

「そんなのは私は要りません、先生ダメですダメですッ」

とワーワー言いながら拒んでいたが

油井先生がポッと耳元でダラニをささやかれ口伝されたと言う。



エネルギーと幾何で絶対性原理の光透波理を解明され

ダラニに代わるのもとして「天鏡図」を降ろされたのである。


天鏡図に照らし合わせ読替えと字割によって

概念を割り、字に秘められている真理を明らかにし

出家や難行苦行せずとも日常生活の中で開くことができるのである。


字は

宇宙を構成する絶対速度の音を止めて置ける唯一のもので

その音が天意と真理を成立していることから

字は宇宙エネルギーの結晶であり天意も真理も命も

あらゆる答えを秘めているのである。



確かに字に絶対界が秘められているわけで

空海は「阿字観」という瞑想法を説いたが

阿はおもねる・従う・よるの意味から

字におもねて観るとなると、まさに字割が神髄と言える。



小田野先生は

原爆投下が人類目覚めの神風と響き

アインシュタインの相対性原理E=MC2に対し

全相対に相対する絶対性原理が有るはずとの田心から

E=C∞の光透波理論を解明された。


E=MC2が原子エネルギーに対し

E=C∞の光透波は真空透明を現象し

天意と真理を成立する音で、光透波コトハが詞。

詞→言+司と書くように

言を司る宇宙の音=コトバの本質=言詞(ゲンシ)エネルギーである。


止めの人としてのけじめに

ダラニを高野山にお返しに行かれた。天鏡図



人類の進化から言うと

天鏡図が降ろされるまでには物理科学の発達が必要であった。


産業革命を皮切りに

様々な発明やテクノロジーの恩恵にあずかってきたと共に

科はトガと意味するように

物理科学は自然破壊も更には原爆の科(トガ)も生んできたが

その発達は数の働きがもたらすエネルギーと幾何の理解があったからだ。



当時は抽象を解き明かすエネルギー論も幾何学も無いため

空海は如来の世界である絶対性原理を

金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅に現したが

理解は主観体験に由るしかなく、その為に修行があると考えられる。


例えば

如来をエネルギーでとらえれば

如来は本来「如去如来」と言われ

去=来は1/∞秒で∞を動く絶対速度と理解できるように

形容的に現すしかなかった絶対界の大日如来を

E=C∞のエネルギーとして理解できる。


「今」と言う瞬間を無限空間の中でどこでも同時に存在させる

時間差を生じない絶対速度が

去=来、動=止、大=小・・・相対しない絶対界を成立すると理解できるが

何で真逆が同じであり得るのか?


それを主観から理解することは

相対界に身を置いているのだから

真っ暗な洞窟の中を手探りするようなもので

探り当てた人にしか解らないし

「曰く言い難し」で形容的にしか解説できないのではないか。



形容表現しかできず

それを主観体験によって把握するしかなかった神・仏の世界を

光透波理を解明する天鏡図によって客観的に理解できるのである。




D 肉体の栄養と心の栄養

私は小田野先生に出会うまでは

7号正食で第七天国が開かれると説く桜沢如一氏に傾倒し玄米菜食に拘っていた。


正食で耽美な世界が開かれるとなれば

食べ物を正食邪食とジャッジし、がっちりネバベキの音にロックされ

振り返れば、清浄を求めるがゆえに異常になっていたのである。

(正食邪食のジャッジする頭の中は見るもの聞くもの全部ジャッジである)


いくら玄米にいそしんでも

第七天国の実感は持つことがなかなかできない。


それは自分の食べ方がいたらないのではと

噛み方が足りないとかあの邪食を食べたせいかと

どんどん細かくなりストイックに陥っていた。


コトバはコミュニケーションツールであって

コトバが命であり意識そのものであることなど知る由もなかった。



1984年に小田野先生に出会い

体を構成するエネルギーと命を構成するものは

別であることを理解できストイックから開放された。


構成するエネルギーがまったく別なのだから

無理であったのだ。


肉体は

大雑把に捉えれば水と土で地球に有る元素でできている。

固体・液体・気体で構成されているため

固体食・液体食・気体食が肉体の栄養と教わった。


しかし

命は宇宙を構成する光透波を授かっている。

光透波は1/∞秒で無限大を動く絶対速度のエネルギーで

1次元で捉えると「音」で宇宙意識を生んでいる。

(2次元で捉えれば光でこれ以上ないクリアで明るい光=透明)


その音がコトバの本質でそれを命に授かっているので意識を持つのである。


肉体は地球、命はコトバであるため

いくら食に拘っても第七天国の命の開花には及ばないことが解る。


命の活性化は意識の拡大=宇宙意識に響くことであり

意識はコトバで成立するためコトバをどう使うかにかかっている。


愛と感謝、イタワリと許しに使うことで響きを増していける。



(そして絶対エネルギーの音を唯一留めておくものが「字」である。

字は宇宙エネルギー(光透波)の結晶で真理が秘められている。

それを開く秘術が字割である。

それを小田野先生から学んできたのである。)



感謝して食べることで

無害化もし持っている以上の栄養になるのではないか。

正邪とジャッジすることがおこがましいと思うのである。


かつての私は

感謝ではなく正邪とジャッジしまくって食べていたのである。

ネバベキの音にロックされながら第七天国を求めれば求めるほど

遠のくのは当然である。



小田野先生は

全部が天からの思し召しと無駄にするのを嫌っていた。

全てが丁寧で無駄にせず活かす事に徹する合理性の追求生活であった。


先生のご自宅に私なら捨ててしまうようなカビの生えた食パンがあった。

先生は小食のため食べきれないのだ。

先生:「もったいないから 大ちゃんあなたもお食べなさいよ。」

私 :「先生、いつのですか? カビが生えてますよぉ、大丈夫ですか?」

先生:「なに言ってんのよ、ウマシアシカビヒコヂノミコトと言って食べればいいのよ」


    私はびびりながらカビパンを口に入れた。


私 :「先生、まずいですよ

先生:「ばかね、美味しくなるまでよーく噛むのよ。

    そうすれば大概のものは栄養になるのよ。

    体が受け付けないものはよすけどね。」

    

このコトバに真髄を感じたのである。


そして無毒化し栄養に転換する菌の働きと意識が連動することを

気づかされ理解を深めるようになってきたのである。



「全部が天からの思し召し」このスタンスにしっかり根=音を張れて

感謝して食べれば菌が働き

無害化どころか毒を栄養に転換できるし小食で間に合うのだ。


エネルギーは空にあり

それを触媒するのが有用菌である。

その増殖には愛と感謝、イタワリと許しのコトバが要なのである。


ジャッジしていては増殖は加速しないわけで

同じものを食べても人によって違うのも

いくら体に良いものを食べていても不健康でいるのは

意識=コトバのあり方の影響があると思う。



実際先生は半断食のようで

何日も食べなくても平気で食から開放されていたし

何日も徹夜しても平気で睡眠からも開放されていたし

体は汚れないのでお風呂もたまにであった。


私は「ヒマラヤ聖者の生活探求」を読みふけっていたこともあり

田園調布にヒマラヤ聖者を見つけたと感激したのである。



飯は食+反と書くように

口に入れるものではなくそれに反するものはコトバであり

コトバが命を活性化するメシ=命詞と解る。


メシアは命詞現と取れ

命を活性化するコトバを現すことと言える。



D 欣勝寺

暮れの28日往診の帰りに、小田野先生ゆかりのお寺

兵庫県三田市桑原にある欣勝寺を訪ねた。

(私桑原が桑原を訪ねるのも面白いなと)


雷で桑原桑原というおまじないはこのお寺が由縁になっている。

欣勝寺

道元が中国より帰国し、このお寺で肺病を治して後に永平寺に赴いたと言う。


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        雷の子供が落ちた井戸


三田サンダ、英語で雷をサンダというのだから面白い。



小田野先生が欣勝寺に滞在中

風邪を引いて床に伏していたところ

30がらみの和服の女性が突然ふすまを開けつかつかと部屋に入ってきた。


先生は「あなたどなた?」と聞きかけたより早いか

その女性が布団の上に覆いかぶさったと言う。


その重さは大変なもので

もうペシャンコになるかと声も出ないし身動きもとれない。


まだ、小指が動かす事ができる

これを支えにと思った瞬間、その小指も潰され万事休す。


「もうだめ」と覚悟を決めた途端

その女性は消えてしまった。


全身びっしょり汗をかいて

あっという間に熱が下がった。


先生は熱さましのお化けと話してくれたお寺である。



その反動だろうか

熱が出てしまい初めて寝正月を過ごした。

お正月料理はお粥に梅干し、

熱がある時はなんでこんなに美味しく感じるのだろうか?



D 景教

昨日22日(秋分)、光透波セミナーで小田野早秧(サナエ)先生が

真言密教の奥義のダラニの最後の伝授者のお話をさせていただいた。


空海は唐で景教を学び真言密教の礎にしたと考えられる。

景教の元が古代キリスト教の一派、ネストリアンであることを話したのだが

帰宅し新聞(朝日)を広げたら、その景教が掲載されていた。


景教は845年に禁圧され今では知る由もないようなのに、

シンクロを感じるので掘り下げてみたい。



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真言の奥義の伝授とは

一生涯に一度だけ口に出して伝えるもので、空海から口伝されてきたものである。

真言宗に限定されず、宗派等は関係なくこの人にこそと思えた人に伝授されるという。


小田野先生は昭和の大霊能者と謳われた油井真砂先生から伝授されたが

真言宗をいつから離れたかは知らないが

油井先生は曹洞宗(禅宗)の尼僧であり、結核の治療に尽力された女医さんでもあった。



小田野先生は神様が本当にいるかいないかわからないのに拝むには嫌と

宗教に全く関心を示さなかったが

宗教も科学も哲学も「コトバ」があるが故に成り立つわけで、

そのコトバとは何か?と探究されてきた。


3歳位の時に女中に連れられ外出した際「お馬が橋を渡っていますよ」と言われ

ご飯を食べるハシと馬が渡るハシがどうして同じなのか、

なぜハシというのか、「ハ」と「シ」って何か?が発端となり

わずか3歳から持った疑問を生涯探究され、光透波理論を打ち出し

「初めにコトバありき、コトバは神と共にあり」の内容をエネルギーと幾何で

解明した天鏡図を降ろされた。


コトバの本質(光透波)、それは神の実態であり命が天鏡図で明らかにできるのである。



油井先生の取り巻きの方はのどから手が出るほど欲していたが

奥義などいらないと拒む小田野先生に油井先生は「あなたが止(とど)めの人で結構」と

間髪入れずに口伝されたと聞いている。


パッと言われただけなのにダラニの音は生涯頭の中に残っていると話してくれた。



それももっともなはずで

先生は口伝されてから庭に一間四方の一人座れるほどの小さなお堂を作り

その中に籠り、食べない飲まない寝ないでダラニを念誦され

それもいかに速く念誦するか速度に挑戦したものであった。


10月18日から始め冬が来た頃には1日6万回できるようになり

油井先生に「今までの先達も一日に6万回された方はいないはずだから、

そんなになさらなくていいわよ」と言われるが

小田野先生はベストを尽くしたい思いから

翌年(S34)6月30日までに360万回念誦される。


「もうそれで結構、生涯をかけても念誦をそこまで上げたお方は

いらっしゃらない筈だから、それで止めにして下されば結構です。」  

の油井先生のお話で打ち切ったと話してくれた。             


油井先生はその年(S34)4,10皇太子ご成婚の日の未明に

「皇統に濁りあり、これを浄化せよ」のイザナミ・イザナギ神からの霊感を受けられ

捨身供養に4月11日から入られ、9月21日に遷化された。


その思いから小田野先生は更に50万回追加され、計410万回念誦された。


念誦の速度を加速していくと仏像にあるような光輪が出て来るのがわかると言う。

更に加速していくとその光輪など無くなってしまうそうで

「光輪が出るだけではまだまだなのよ」のコトバに仰天した思い出がある。



ダラニに代わるものが天鏡図であるので、先生は高野山にお返しに行かれ

念誦したら「金剛峰寺 受け取ったりぃ」と強く太い声が聞こえたそうである。




空海入寂が835年、小田野先生が口伝されたのが1958年、

1123年≒1100年間に生涯一度だけの口伝で何人がその奥義を伝授されただろう?

20年サイクルで55人、30年では37人ほどしかいないのである。



その奥義を辿ると

空海は唐に渡り学ぶのであるが、真言密教の元になる教えが景教と考えられる。

景教は古代キリスト教の一派、ネストリアンが唐に伝わったものである。


灌頂はキリスト教の洗礼と同じものに考えられ、

病気平癒や悪霊退散を願う「加持祈祷」は、元来仏教には全くなかった概念で

キリスト教の悪魔祓いとリンクすると思うのである。



そのような秘儀を持つ景教≒ネストリアンは

個人的にはアトランティスの秘儀を伝承されてきたのではないかとよぎるのである。



霊的なパワーを現実生活に生かそうとするのが密教とすると

確かにコトバの本質(詞)にその霊力があり、それを留めているのが「字」である。


護符やお守りなど皆文字である事に気づくが

字割は更に字に硬く封じ込められている霊力を割出すとんでもない術なのである。


それを裏付けるものがSWORD=刀、

字形からいうと無上の力を象徴しているが

S+WORD、Sはアルファベット19位で十九トク=解く

無上の力(刀)はコトバを解くことで得られるのであり、

その術が天鏡図に照らした字割である。


字割で無上の力(霊力)は開かれるが、それを手にできるかが感応力にかかっている。

光透波理の知識は構築できてもネバベキの音にロックされ自己否定していてはまず難しい。


空海からの口伝がわずか50人未満であったことが物語るではないか。





天鏡図は別名、真空理数答(シンクウリスト)・云音表(ン音表)という。

「ン」という宇宙の根底の音が「ウ」に開かれ「ウ」から「アイエオ」が展開し

命波音の76音種が成立している。


真空理数答→真クリスト・云音表→ハコブネ(方舟)表と読み替えられ

人間としてクリストが再臨するのではなく、天鏡図として再臨されたと考えられ

それに照らし合わせることが救いの方舟に乗ることと理解できるのである。


全く宗教に関心がなかった小田野先生がキリスト教の真髄をも解明されたと考えられる。




D アジマリカン

小田野先生は天鏡図を微に入り細をうがち

石橋を叩いて渡るが如く検証されていたが、

石橋を叩き過ぎて割ってしまっても困ると思い

1957,10,31午後10時ごろに完成とされた。



一心不乱に取り組んできた4年4か月に区切りをつけ

今日は久しぶりに布団を敷き寝ようとしたところ

「術」という字が目の前に出てきた。


術は行+求と書くように、

行いを求めている状態が今の自分だと思われた。


人の50年先を突っ走っていると日頃から言われている事を思い出し

ならば逆に古くからある術、ヨガか道教をやってみたいと思われた。




翌日11月1日 麻布二の橋の南女史宅で、

居合わせた言霊学・剣山研究の内山智照氏からタイムリーにも

道教に興味はないかと問われ、

さっそく内山氏が懇意にする上野毛にある道教に入門することになる。


入門早々、愛知県で開催される道観開きに参加する羽目になるのだが

同行した女性は古参だけあって、小田野先生に何かを感じたようで

ある霊能者を鑑定して欲しいと懇願する。


(この道観開きで、後に大変な理解者となり真言の奥義を口伝される事になる

油井真砂先生の噂を初めて聞き、紹介を頼むがかなわなかった。)


その女性は高御産巣日神(タカミムスビ)が降りるという

高知在住の霊能者大西氏を信頼しており

東京進出を等々力に構える事に協力しているが

何か不信感が芽生えているというのである。



先生は経緯上しぶしぶ承諾し、大西氏の会所開きに参加する事になる。


来客の祝辞の際

大植(おおうえ)氏(天皇家の秘事を執り行う山蔭流の当主)が

天皇即位の儀式、践祚(せんそ)で高御座(たかみくら)につかれ、

金のまなつぼに一声をはかれる秘義の文言を公開するという。


小田野先生は内山智照氏がかねてから知りたいと願っている文言が

これだと思い出す。




幻視

大植氏が黒板に文言を書くが、

書き写す際、先生はカタカナと漢字の2行に書かれているのを見て書いたと言う。


書いている最中に、その文言の意味はわからないと話す大植氏の声が耳に入り

ちゃんと漢字で意味が解るのに妙な事を言うと思い黒板に目を向けると

今度は「アジマリカン」とカタカナで1行しかなかった。



アジマリカン

阿字真理完 

先生が最初に見て書き写した2行だ。


字に阿(おもねる、よる)って真理完(まったし)という意味になる。


先生が検証されてきたことは

文字は人為で発明したものではなく

神が長い時を経て人の六感を通して植え込んできたもので

「初めにコトバあり、神はコトバと共にあり」のコトバ=音を

止めて置くものが字である。


字は宇宙の絶対エネルギーの結晶であり、真理が秘められている。



意味が謎であったアジマリカンは阿字真理完と解明され

字に阿って神様の御意思が解るのは間違いがないと

アジマリカンの意味と意義を確証された。




天皇として即位することは

「アジマリカン」の音の持つ波動に感応同調することと言え

その感応同調能力を持つことが天と通じる本来の天皇=スメラミコトで

平安に治める力を授かると考えられる。


角度を変えれば

「アジマリカン」が持つ音のエネルギーが天との繋がりを開くとも言えるわけで

それは秘中の秘であるといえよう。


音の波動に留まっていたものを

天鏡図に照らすことでさらに意味を理解できることが開かれるのである。


1次元性能(音)と3次元性能(意味)が網羅される4次元性能が

天鏡図で発揮される。





D 天鏡図

小田野早秧(サナエ)先生がほとんど不眠不休、飲まず食わずの

4年4か月と6日をかけて
(1957、S32 10月31日に完成とした)
人間業とは考えられない一心不乱の中で降ろされた天鏡図は
エネルギーと幾何で裏付ける光透波理(コトハリ)で、まさに天を映し出す鏡である。



天鏡図は
現宇宙の成り立ち(ビッグバーンがなぜ起きたのか)、構造、
宇宙は音であり数である事、
音が意味に働き宇宙意識(天意)に、数が法則に働き真理を成立していること。

宇宙が命の根源であり
宇宙の叡智、愛、真理あらゆる情報、答を映し出し、命を明らかにしている。


真言の奥義に代わるもの
生涯一度だけ口に出して宗派等関係なくこの人はと思う一人だけに伝える
空海から口伝で伝授されてきた真言の奥義のダラニの止めの人が小田野先生である。

小田野先生は宗教には全く関心がなく、伝授されても困ると断るのだが
女医であり禅宗の尼僧で分身の術に長けた昭和の大霊能者といわれた油井真砂先生から
「あなたは全宗教に橋渡しをしたのよ、あなたが止めの人で結構」
と言われ口伝された経緯がある。

(小田野先生は奥義のダラニを高野山にお返しに行ったところ
「金剛峯寺、受け取ったり」と太い強い声で返事を聞いたと話してくれた。)


ダラニに代わるものが天鏡図だからである。
それによって誰もが真言の奥義を手にできるのである。

生涯一人だけに伝授される奥義が誰もが理解できるように
扉が開かれたのであり、その時代の到来なのである。


それまでは、宇宙の仕組み叡智を曼荼羅に現すのが限界であったわけで
一般には到底理解することは難しい。

20世紀になり、E=MC2の物質が持つエネルギーが解明され
原子爆弾が落とされたが、小田野先生はそれがきっかけで
全相対に相対する絶対性原理を開くことになる。

それがE=C∞であり、
光速(C)30万kmの物理の原子に対し真理は言詞(ゲンシ)、
C∞の光透波コトハ=詞{言+司、コトバを司っているエネルギーであると解明された。


天鏡図は別名、真空理数答(真空リスト)と言い
真空を理(コトハリ)と数で答を出すエネルギーと幾何で解明している。

原爆投下でかつてない惨状をもたらしたが
科学が発達したからこそ、エネルギーと幾何で開くことができたと話してくれた。


宇宙を主観的に悟っても
曰く言い難しで抽象的、形容的な表現しかできなかったが
天鏡図はエネルギーと幾何で客観的に解明しているので誰もが理解できるのである。

全宗教に繋がる橋渡しの意義がそこにあり、宗教をまとめる客観理論であるので
宗教紛争はこれによって終焉すると考えられる。

平和のための戦いの元凶は宗教にあることは歴史を振り返れば納得する。


それを踏まえてみると
真空理数答を読替えれば、真クリストとなり
地上天国を導くと言われるクリストの再来は人間としてではなく、
真空そのものの解明と言えるのではないか。




天鏡図は宇宙をエネルギーと幾何で解明しているが
それに照らして字割すると、
字から宇宙の内容やあらゆる情報、エネルギーが開かれるのである。

その仕組みは
宇宙は1/∞秒で∞大を回る速度の光透波、動=止、極小=極大を
成立する絶対速度のエネルギーで充満しているが
そのエネルギー=波動は1次元では「音」である。

絶対速度の「音」を止めて置くのが「字」であり、
「字」は宇宙エネルギーの結晶だからである。




テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

D 小田野先生の体と菌

1908年、3月13日金曜、明け方5時の誕生であるが、
1か月ほど早い早産であった。

早産の赤ちゃんにその年の厳しい寒さが影響したのか、
体温が上がらず青ざめて虫の息に、医者の処置もままならず諦めかけていたところ
父が日本酒を入れたお湯につけて温め続け、夕方には何とか取り留めたと話してくれた。

お酒入りの産湯で助かったわけである。

胎児は無菌状態であるが、産道を通る時に母親の持つ菌に感染するのと
初乳で菌が入り、受け取る菌がその後の体質に大きく影響する。
小田野先生は日本酒の持つ高度な有用菌を獲得したわけである。


エネルギーは空にあり結晶体に吸着されるが、有機物を結晶体に変えるのが菌の働きで
菌はエネルギーを物質化し、物質をエネルギー化する触媒作用である。

例えば、豆腐を食べるとタンパク質に変え、さらにアミノ酸という結晶体に変え
その結晶体に見合うエネルギーを空から吸着する仕組みで
有機物を結晶体に変えるのが菌である。

体のエネルギーだけでなく、空は叡智と「愛と感謝、イタワリと許し」でもあるから
触媒する有用菌が多ければ、体も精神も秩序が高いと考えられる。



菌の触媒作用から小田野先生の蘇生を捉えてみると
何が命を取り留めたかというと日本酒である。

わずかづつの母乳の摂取も幸いするが、
日本酒の持つ有用菌が皮膚から浸透し呼吸から血液に溶け込み、
エネルギーチャージしたと思われる。

並行複発酵という高度な発酵システムで作られる日本酒は有用菌の宝庫である。

百薬の長といわれるのは、有用菌の働きから納得できるし
お神酒というのも、神様と橋渡ししているのが
空のエネルギー、御心と触媒する有用菌だからである。

また、広島の原爆投下で爆心地にもかかわらず、広島大学醸造学科の8人が
大学構内で前日の夜から当日の朝まで日本酒を飲んでいた。

全員が被爆したにもかかわらず、原爆症に罹らなかった有名な話があるが
これも日本酒の持つ有用菌が放射能を分解消失したと考えられ、
まさに菌がエネルギー触媒する働きである。

(放射能汚染で壊滅と考えられていた広島長崎の驚くべき環境の蘇生は
放射能を分解消失する有用土壌菌のお蔭と考えられる。
チェルノブイリは理論通りに未だに放射能の影響が消えない。)



このように空のエネルギーを触媒しエントロピー増大を解消する有用菌が
凍死寸前から蘇生させ、同時に大量に有用菌を持つ体質になったと考えられる。


それを裏付ける話がある。
子供の頃、甘酒を作るのが上手であったと聞いた。
粥に麹を入れゆっくり撹拌し酵母を増殖させ作るが
雑菌の繁殖を抑えながらの発酵は難しいのであるが
元種の麹がほんの少しでも早く上手に甘酒ができたという。

(酒造りで杜氏が身も心も清めて取り掛かるのは
雑菌を避けることと菌は意識と連動するので丁寧さの高い秩序が大切で
発酵には雑菌と雑念は御法度なのである。)

日本酒から受け取った有用菌を持つが故に上手く発酵するし、
意識の面でも有用菌は空の心とも触媒するので、純粋無垢の高い秩序と考えられる。


また、断食も全く苦にならない非常に少食であった。
食べなくてもいい事は
空のエネルギーを触媒する有用菌の増殖する体であり、
エントロピー増大を抑制できる秩序が高い体と精神である。

訪問者が持ってくるパンなど食べきれるわけもなく、カビが生えてしまう。
全ては天からの頂ものと理解するので決して無駄にはされず
少々のカビは気にされなかった。

「感謝して食べれば害にはならないどころか、栄養にしちゃうのよ」と
カビパンを食べさせられたことがあるが、さすがにまずかった。
それに対して「ウマシアシカビヒコヂノミコトと言って、
美味しくなるまでよーく噛むのよ」と言われたが、極意である。

美味しくなるまで噛むことは、有用菌の力で無毒化し質を変えることである。
エントロピー増大を抑える菌と意識のなせる業である。

体は菌の複合体であるから、いかに有用菌が増殖した体であったかがわかる。


大概の人は何かしらの恐怖心がありそれが自己分離を作り、
その反動で自己防衛を無自覚に働かせ自律神経を緊張させているが、
先生は怖いものがなかったので、自己分離がなく心身とも高い秩序なのである。

風邪が治った、頭痛が取れたなど体調が良くなる訪問者も多かったが
体でいえば有用菌を受け取り、意識でいえば解放され心身とも秩序が整うからである。



空のエネルギーを触媒するのが有用菌であるが、
それがコトバの本質、究極のマイナスエントロピーである光透波と解明できたのは
それに見合う有用菌が増殖した体であったと考えられる。

90歳を超えても肌は透き通るようなベビースキン、
食べなくても寝なくても平気、汚れないので洗濯もお風呂もたまにで済み
尿で測定する内臓のエネルギーは通常ありえない高い数値であった。

凍死寸前から蘇生させるほどの菌の具えがあったからこそ
母音というKIN-SOUNDの能(ハタラキ)を開けたのではないかと思うのである。
(菌具キング=KING、金音ノL=鏡)



菌の働きがわかると
精神面だけで何とかしようとしても、空とエネルギー触媒する有用菌が増殖できないと
知識は構築できるが、心身とも秩序は上がりにくいのできついのである。

そのきつさが「ネバベキ」の思考と感情を増幅させ
自己解放を自己否定しながら求め、自律神経緊張というエントロピーを増大させる。





テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

D 小田野先生と桜沢如一氏との縁

先の「田心」にリンクして

1966,4,24日
小田野先生と桜沢氏を繋げたい人がいて
学習院で開かれた御婦人の集会の明治会(あけはる会)の桜沢氏の講演に
気乗りしない小田野先生をお連れした。

その人は先生の著書「考える力」を桜沢氏に渡し、
氏は講演前に読み終えた後壇上に上がり、講演内容に含ませ本を絶賛された。

桜沢氏は「考えるとは神に帰ること。皆さん、考えてください。それには思ってはいけません。」
と考えることの重要性を言いながら、
思ってはいけないと黒板の「思」の字に幾重にもX(バッテン)を付けた。


先生は最初に「思う」ことがあり、それを考えると捉えているので
本のタイトルを本当は「思考力」としたかったほどで、
「思」が根源であり神様のように大切にされていた字である。

思は田心、絶対電磁場である神の心 そこからの電信で「思い」が発生しそれを考える。

(空海から口伝される真言の奥義(ダラニ)は
油井真砂先生から口伝された小田野先生がとどめの人となるのは
ダラニに代わり誰もが理解できるものとした天鏡図は、
不眠不休の4年4か月かけてこの田心回路から降ろされたものである。)



どうしてそんなに「思」にXをつけるのかと
明日にでも訪ねてみようと思いながら聞いていたが、お腹が急に痛くなってきた。
内観すると胃の幽門から真っ赤に焼けただれた火箸が上がってきて
このまま死ぬのかと思うほどの大変な痛みにうずくまって耐えていた。

氏の話が終わり2階の会場から階段を降りる靴音が聞こえなくなるや
痛みがスーと引けてきた。


講演が終わり、
先生に懇意のOさんは目白駅前の田中屋に先生を連出した。
Oさんの娘さんは桜沢氏の伝手でイタリーに彫刻の留学に行っていたのだが
その時の氏の印象は良くなかったが、
20年ぶりに今日見たらすっかり人相が良くなっていたという。

Oさんはその経緯を話したかったようだ。

先生:初めて出会ったけど、顔色はいやな暗紫色でこれが健康会を主催している人かと
思うほどっだたのよ。今にも死んじゃいそうに感じたのよ。



田中屋のチーズケーキとウインナーコーヒーでおしゃべりし
田園調布の自宅に帰り、一服しようとした時にOさんから極秘の電話が入る。
桜沢氏が急死したと。
講演後、車で帰宅するが着く直前に急変した。


海外にも名を轟かす玄米食の第一人者の急死はCI協会では天変地異の出来事で
食は命と原因を食べ物に求める為か、悪い物は一切食べていなので原因がわからない。
そうなると、食べ物以外の何かが原因と考えてしまうのであろう。

講演会で「思」にXを付けたことに小田野が持った怨念ではないかとなったそうある。
(先生に懇意のOさんは、先生を否定する人は何人も亡くなっている事を知っている)



CI協会では、「小田野は殺し屋」になった。
この経緯を知るCIの上層部の人が逆に小田野先生に関心を持ち
「考える力」の本を求めたり、命波理論を学ぶ人が出てくる。

アメリカに渡った久司道夫氏も小田野先生に懇意であった一人である。


先生は決して怨念など持ちようがなく
5次元=絶対電磁場=命の根源からの電信である「思」を
幾重にもXをつけては自身の命を否定したことになるのではないか。
そうなると、無理もないことではないだろうか。


小田野先生を宗像三女神の田心姫(タゴリ姫)という霊能者もいた。
ちなみに、金井南龍氏は白山菊理姫と言っていて
出雲王朝の復活を先生に願っていた。




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Dプロフィール

桑原大治

Author:桑原大治
宇宙は光透波
無限分の1秒で無限大を回る絶対速度、命でありコトバの本質と解く小田野早秧先生に1984から御逝去の2001まで師事し光透波理と字割を元に、埼玉県川口市でカルナ治療院を開いています。

腰痛、膝痛、首痛、顎関節症、スポーツ障害、内臓疾患、ウツ、自律神経失調症
メンタルからもアプローチしながら対応します。
改善しにくい原因に、無自覚の自己否定、口呼吸、菌の影響があります。
MMSのアドバイスもします。

予約制、水曜・木曜休診

JR武蔵野線、地下鉄南北線(埼玉高速鉄道)
東川口駅歩3分 

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kt99av@bma.biglobe.ne.jp

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