D 進化はショックと共にやってくる

昨日いただいたコメントで響いたことだが
地球の波動が上がっていると耳にするが、地球の波動は自転と公転を生んでいる
地球の持つ回転速度=時間である。

その速度が上がってきていれば地球の波動は上がっているといえるが
自転公転の速度はほとんど変わっていはいないので地球自体の波動は上がってはいないと思う。


何が上がってきているかといえば、私達人間の時間感覚である。
「10年ひと昔」はもはや死語で、1年ひと昔の早さである。
時間がエネルギーであり意識と連動するので、私達人間の意識=波動が加速している。


例えば
石器時代は1000年経ってもほとんど変わらないが、進化と共に時間感覚は早くなり
現代では日々刻々と変化が目まぐるしい。

それは人間の意識が拡大して来ていることであり、時間感覚が早くなっていて
ネット通信情報、交通手段、流通など世界がどんどん狭く近くなっている。

それは自然法則を解明し人為的に利用しているからだが
ドンズバリの5次元(フリーエネルギー)までは届かず、科学は科(トガ)学というように
犠牲を生むエネルギーシステムのレベルにとどまっている。


人為=人+為で偽、
ニセでありイツワリ=五割で5次元の真理には未だ半分のレベルといえ、
犠牲の出ない調和の連鎖システムではないので自然破壊、環境汚染
経済、農業、医学・・・様々な問題が極まってきている。

意識の面でもニセ・イツワリの極まりを感じさせる様々な事件事故は
国内でも世界情勢でも顕著ではないか。


ニセでありイツワリなのでどうしても反自然が付随し、それがショックを生む。
そのショックが玉ねぎの皮をむくように摂理のベールを剥がし進化してきたといえるが
核で自然破壊と人類滅亡の危機にまで及ぶほど現代は
人為のニセとイツワリが極まっている事は相当なショックが考えられる。

極まれば反転するのである。


地軸は23,4度の傾きがあり完璧な球体で回転しているのではないし、
環境汚染・自然破壊でバランスが崩れればそれを回復しようと動くのが自然現象であるから
地震、火山噴火、異常気象は当然であり地軸自体がシフトすることも考えられる。


すんなりと体主霊従から霊主体従に行くとは考えられず
それ相応のショックが必然するのではないだろうか。


個人レベルでも、難があるから有難い心を深め
辛苦と惨苦のショックがTHINK・自分の本質である真空を思い,THANK・感謝スとなる。
CONSCIOUS=感謝スが意識の本来性である。

自分の本来性に気づくために、ザ、ショック。

ショックによって進化し本来性に回帰していくのではないだろうか。


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D 過食が止まらない人

「食べても太れない人」と反対に肥満の人で食べても空腹感、いくらでも食べられる。

わかちゃいるけど、やめられない!太る一方だ。
頑張ってダイエットするがリバウンドを繰り返し、無駄な努力と諦める。


頭では分かっているのにコントロールできないのはなぜか。
なぜ空腹感が収まらないのか。

1つは糖質中毒になっているのだが、そのフタを開けてみると
メンタルでは無自覚が多いが自己否定がある。

自己否定の背景には幼少期からの抑圧が根底にあり、
満たされない思いを主に糖質を食べることで脳は快楽を覚え代替する。
コンプレックスやストレスを受けやすいのも抑圧の反動によっている。


食べ物の質が菌の質になるので
糖質の摂取で常在菌であるカンジダ菌は増殖の一途である。
カンジダ菌はシモンチーニ博士は癌の原因菌と喝破しているが
ほとんどの疾患原因である。カンジダ菌

糖質はカンジダ菌の大好物、肥満はカンジダ菌にとってパラダイスなのである。

ダイエットが難しいのは
いくらカロリー制限や運動に励んでもカンジダ菌はそう簡単には抑制できない。
餌をもらえない菌が糖質食べろ!と一揆を起こすのである。

決死の覚悟のダイエットも菌の力にいとも簡単に白旗である。


カンジダ菌のほか、寄生虫がいると人体に必要な栄養を奪われるので
体は飢餓感を覚え空腹感が収まらない。
異常な空腹感はカンジダ菌のほか寄生虫が十分考えられる。

寄生虫は栄養を奪うだけでなく消化器官に穴を開け、
多種感染や自己免疫疾患(アレルギー)を発生させる。

ひどいアトピーは腸に穴が開き毒素が漏れだす腸透過性、リッキーガットであるが
何が穴を開けるのか?
カンジダ菌で代表される悪玉菌や寄生虫が大きく関与しているのだ。


今どき寄生虫?と思うだろうが、結構いる。
有機栽培の野菜、果物(生食で侵入)
肉や魚介類の生食(レバー、ユッケ、寿司、肉や魚の刺身、貝類・・・)
食材や保菌者による調理の食中毒
保菌者との直接接直、
園芸や土仕事
動物、ペット。顔や手を舐められたり、糞便から。餌に生肉や骨を与えると侵入しやすい。
胎児の胎内感染(生まれつきのアレルギー)
汚染源に接触・・・


前回でも取り上げたが、更に口呼吸をしていては免疫力は上がりようもない。
細胞呼吸=代謝を司るミトコンドリアは弱まり代謝は下がる一方で太りやすい。




菌の話をすると
私はきれい好き、除菌に気を付けているので関係ないような人がいるが
人は菌の複合体なのだ。
腸内細菌(500~1000種以上,100兆個~1000兆個)
口腔(500種以上)
皮膚→顔~頭~体表~性器~肛門~足裏までの全身(数百種、4-14万個/1cm2)
体には、2000種類以上の細菌がいる。

風邪は菌とわかりやすいが、虫歯、歯周病、口内炎、口臭、蓄膿、中耳炎
水虫、ニキビ、いぼ、魚の目、膀胱炎・・・・・・・・癌まで
あらゆるのもが菌が原因していることを理解したい。

「人は一番小さいものにやられるのよ」と小田野早秧先生は話してくれたが
それは菌ではないか。

病気の原因の悪者菌だけでなく、
空間に充満するエネルギーを取り入れ
エネルギーを物質化し物質をエネルギー化するのも菌である。

風の谷のナウシカ、腐海の森が浮かぶ。



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D 食べても太れない人

いくら食べても体力は出ず、太れない虚弱体質。

当然内臓の機能低下になっているわけだが
機能低下しているのにたくさん食べれば更に内臓に負担がかかるので
少量を回数を増やした食べ方になる。

機能低下は内臓が本来あるべき位置からずれた下垂や後方の変位があり
変位が骨格姿勢に影響し緊張歪みをもたらしている。

機能低下は酸欠の体であるから当然心肺機能も上がらず
くよくよの心配機能はいとも簡単に上がる仕組みだ。

酸欠の体は
スタミナもないし、固い筋肉、冷え症は当然であるし
脳にも酸素が行きにくいとなるので、
脳血管障害、ウツ、認知症・・・様々な脳の機能低下症状にもつながる。


フィジカルアプローチとして
変位した内臓をあるべき位置に戻せばいいわけである。
内臓が下垂すれば骨盤は寝て、横隔膜は引っ張られ胸は閉じ、肩は内旋
首は縮まり、顎関節は緊張し頭蓋を歪ませるのでその修正で改善していく。

横隔膜を活性する呼吸法 逆腹式呼吸、 ヨガは内臓の変位を修正する。


メンタルアプローチとして
自己否定や抑圧感情のエネルギーは内臓に蓄積され、機能低下の原因である。
頭では分かっていても感情にとっ捕まってしまうのは内臓に蓄積があるからで
「腹が収まらない、腑に落ちない」のである。

アナハタに向け名前を優しく愛おしく呼び、「ソウカソウカ、無理なかった」とイタワルことで
解放されていく。



まぁ、そのようにアプローチしてもなかなか改善しにくい場合がある。
なぜか?

大きな原因が口呼吸である。 口呼吸の弊害
口呼吸によって空気中のばい菌やPM2,5など窒素酸化物や有害物を体内に侵入させている。

扁桃腺でフィルターされるが
呼吸は止めることはできないので常時侵入を許してしまい
扁桃腺や首まわりのリンパは過剰負担で腫れやすく硬くなっている。
首が細く硬い傾向があるのはその為である。


白血球は増殖するが侵入に追いつかず、ばい菌や有害物を全身にばらまいてしまう。
弱い所に菌は巣食い固くするし、排毒に懸命だが追いつかない状態が
内臓の機能低下であり、免疫力低下である。

        27f13252[1]

リンパ節に蓄積されるので、固くなり流れは悪くなるのは当然である。


免疫、代謝、生命力を司っているのがミトコンドリアであるが
食べた栄養がばい菌に奪われミトコンドリアに回りにくい。

ばい菌や寄生虫は肉や魚介の生もの、無農薬ゆえの野菜、食べ残し、
ペットとの接触、人との接触感染、空気感染、浴室のカビ(入浴中吸っている)・・・
あらゆる所に菌は存在し、侵入してくるが
口呼吸は菌にいらっしゃい、いらっしゃいと呼び込んでいることなのである。


口呼吸は蓄膿などの鼻炎や中耳炎になりやすく、風邪も引きやすく扁桃腺が腫れる。
そして、安易に扁桃腺を切除する。

太りにくい人は扁桃腺を切除した人が多いが、大切なフィルターを切っては
菌は簡単に侵入し増殖する。
菌に栄養を取られ大切なミトコンドリアに回らないのである。

体は菌の複合体であるので
体質、体型、症状はどういう菌や寄生虫を保有しているかである。
食は命というのは
食べた物の質が体内の菌の質に連動するからだが
いくら質の良いものを食べても口呼吸をしていたら片手落ちなのである。





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D 「無」の実態

「無」とは何かと禅問答されてきたがさっぱりで、曰く言い難しである。
主観体験を形容で表現するしかなかったからである。

「コトバでは言い表せられない、コトバを超えた世界」というが
それをコトバで表していることに気づけないほど、コトバは自己化している。



小田野早秧先生は
3才頃の外出時、「お馬さんが橋を通りますよ」の女中の声に
ご飯を食べる時のハシと馬が通るハシは何が違うのか?という感じで
幼少期からどんなことにも何で?、どうして?と疑問を投げかけ続けた。

聞かれる大人は「昔から決まっている、そういうものなのだ」と答えるしかなく
それに対し「ムカシって何?」とくるのだから、大人は閉口したと話してくれた。

算数を覚えると
必ず答えが出る数に魅了されていき、数をベースにした考え方を育み
後に、音は数にはたらくと数の特性である規則性、順序性、法則性が真理を成立していると
光透波理論を打ち出すことになる。


問いを出す「ナニ」とは何か
昔というが、「ム」と「カ」と「シ」とは何か、というように
飽くなき追求はついに対象がコトバ(音)そのものになっていくのである。

そして問いの答えである全ての原因はコトバ(音)にあり、
実態が1/∞秒で∞を回る絶対速度の光透波であり
絶対速度(エネルギー・情報)を止(とど)めているのが「字」であると解明される。


「字」を割ることで先生は天意とか親心と表現されていたが、
光透波のエネルギー・情報を顕現できる「字割」術を打ち出された。
潜象界を現象化する術である。



字割から「無」はどう解明できるか。

無{ノ三||||灬 に分けられる。
  ノ=能(ハタラキ)、最初にある「ノ」で先天能
  三=横の三→無限3次元空間
  ||||=縦の||||→絶対4次元時間
  灬=連火→エネルギー

無とは先天能(ハタラキ)の無限3次元空間と絶対4次元時間であるエネルギー
であり実態は無限3次元空間と絶対4次元時間一体になった7次元と取れる。

音では
無ム=務ツトメ、通透明
   無は透明に通い務めている。(全ての責務を負うている)
無ナシ=名詞
   無は名{タロ=田露、絶対電磁場の露(あらあれ)である名であり
   詞{言司 言を司るコトハ光透波 


今まで曰く言い難しの「無」の実態と内容が
光透波理に裏付けられるエネルギーと幾何で解明される。


また「無」は天のことでもあるが
天{二人、上の無い二人一化の字である。(夫は人が上に出ている)
無上の二人一化は父と母の一化で、全ての生みの親である。

母→無限3次元空間
   母{ロ÷ ロはカコミで空間を表し、÷(割る)が入っている。

父→絶対4次元時間
   父{ハ ハは波=エネルギー、X(掛ける)でありTIMEである。

空は母、時は父、÷の前提にXが必要であるように
X(時=父)が原因で、÷(空=母)が結果している。


「無」は天でもあり
天は上記のように無上の二人一化の父母で、
小田野先生は天と人は親子関係と捉えていたので「天意」、
目には見えない耳には聞こえない命の親の慈しみを
字割で読み取れ文字は母慈と説かれた。

禅問答で曰く言い難しの無の世界、潜象界を字に止めて観れるわけで
字割は止観の奥義といわれる。

確かに時間に育まれ空間に包まれている。


字割で顕現される潜象エネルギーに感応できるかが大切になるが
中丹田を詰まらせている自己否定を溶かしていくと良いと考える。

名前を優しく愛おしく呼び、自身をイタワルことだ。



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D 小田野先生と桜沢如一氏との縁

先の「田心」にリンクして

1966,4,24日
小田野先生と桜沢氏を繋げたい人がいて
学習院で開かれた御婦人の集会の明治会(あけはる会)の桜沢氏の講演に
気乗りしない小田野先生をお連れした。

その人は先生の著書「考える力」を桜沢氏に渡し、
氏は講演前に読み終えた後壇上に上がり、講演内容に含ませ本を絶賛された。

桜沢氏は「考えるとは神に帰ること。皆さん、考えてください。それには思ってはいけません。」
と考えることの重要性を言いながら、
思ってはいけないと黒板の「思」の字に幾重にもX(バッテン)を付けた。


先生は最初に「思う」ことがあり、それを考えると捉えているので
本のタイトルを本当は「思考力」としたかったほどで、
「思」が根源であり神様のように大切にされていた字である。

思は田心、絶対電磁場である神の心 そこからの電信で「思い」が発生しそれを考える。

(空海から口伝される真言の奥義(ダラニ)は
油井真砂先生から口伝された小田野先生がとどめの人となるのは
ダラニに代わり誰もが理解できるものとした天鏡図は、
不眠不休の4年4か月かけてこの田心回路から降ろされたものである。)



どうしてそんなに「思」にXをつけるのかと
明日にでも訪ねてみようと思いながら聞いていたが、お腹が急に痛くなってきた。
内観すると胃の幽門から真っ赤に焼けただれた火箸が上がってきて
このまま死ぬのかと思うほどの大変な痛みにうずくまって耐えていた。

氏の話が終わり2階の会場から階段を降りる靴音が聞こえなくなるや
痛みがスーと引けてきた。


講演が終わり、
先生に懇意のOさんは目白駅前の田中屋に先生を連出した。
Oさんの娘さんは桜沢氏の伝手でイタリーに彫刻の留学に行っていたのだが
その時の氏の印象は良くなかったが、
20年ぶりに今日見たらすっかり人相が良くなっていたという。

Oさんはその経緯を話したかったようだ。

先生:初めて出会ったけど、顔色はいやな暗紫色でこれが健康会を主催している人かと
思うほどっだたのよ。今にも死んじゃいそうに感じたのよ。



田中屋のチーズケーキとウインナーコーヒーでおしゃべりし
田園調布の自宅に帰り、一服しようとした時にOさんから極秘の電話が入る。
桜沢氏が急死したと。
講演後、車で帰宅するが着く直前に急変した。


海外にも名を轟かす玄米食の第一人者の急死はCI協会では天変地異の出来事で
食は命と原因を食べ物に求める為か、悪い物は一切食べていなので原因がわからない。
そうなると、食べ物以外の何かが原因と考えてしまうのであろう。

講演会で「思」にXを付けたことに小田野が持った怨念ではないかとなったそうある。
(先生に懇意のOさんは、先生を否定する人は何人も亡くなっている事を知っている)



CI協会では、「小田野は殺し屋」になった。
この経緯を知るCIの上層部の人が逆に小田野先生に関心を持ち
「考える力」の本を求めたり、命波理論を学ぶ人が出てくる。

アメリカに渡った久司道夫氏も小田野先生に懇意であった一人である。


先生は決して怨念など持ちようがなく
5次元=絶対電磁場=命の根源からの電信である「思」を
幾重にもXをつけては自身の命を否定したことになるのではないか。
そうなると、無理もないことではないだろうか。


小田野先生を宗像三女神の田心姫(タゴリ姫)という霊能者もいた。
ちなみに、金井南龍氏は白山菊理姫と言っていて
出雲王朝の復活を先生に願っていた。




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D 田心(デンシン)

インナーチャイルドと繋がると5次元からの情報がもたらせられるが
それを表す字が田心=思である。

田(絶対電磁場=5次元)の情報が電信されることで「思う」のである。
それが閃き=インスピレーションである。
絶対電磁場で充満する真空シンクがTHINK、田心の根源と取れるのが面白い。


顕在意識の自我では、培ってきた知識や概念、固定観念を基に
その範疇であーでもないこーでもないと「思う」のが
5次元からのものは降ろされる感覚で、そのフラッシュ感は経験される思う。
フラッシュが電信=田心である。

自我が強いほど、無自覚であるが自己防衛や主張のための計算と思惑で「思う」ので
重い思いだが、田心はフラッシュするのでフレッシュである。

そのフレッシュ感が無邪気ではないだろうか。
田心の表現がアートで、アーチストは田心を受け取れるように
無心、トランス、ミラーニューロン活性に集中するのではないだろうか。



主役は主=神の役、インナーチャイルドに明け渡せると計算と思惑がなくなり
5次元からの電信回路が整うのではないだろうか。
閃きがどんどん増え、それに従っていけるので迷いがなく
「自分の中に答えがある」自覚実感が深まるのである。

外に答えを求めるから迷うのではないだろうか。
自我が主役だと無自覚に損得勘定(感情)が働き迷うのである。



閃→門人
門とは、「全ての物事が通らなければならない大事な所」とあるが、
その中にいる人と取れ、5次元と繋がるインナーチャイルドではないか。

インナーチャイルドに問うという自問で降りてくる答が「閃き」と取れる。


田心姫(宗像三女神)をタゴリ姫と読むが、
田合理と取れるのは5次元からの電信は絶対電磁場(田)と合った理である。

インナーチャイルドに主役を明け渡すことで
田心(タゴリ)を頼りにした生き方にシフトできるのではないだろうか。

調和が連鎖し間に合っている世界が広がると考える。


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D 主役はインナーチャイルド 3

顕在意識=自我が主役だと
私は知っていると自惚れやすい。
「井の中の蛙大海を知らず」のように、海上の氷山が自分と限定していて
5次元と繋がるインナーチャイルド=海面下の本来性を自覚できない状態だ。


      C0F8BADFB8B2BADFC9B9BBB3[1]



自分の思考と感情が正義なので、それを基にジャッジし抑圧とコントロールをやっていて
計算と思惑どっぷりでネバベキの音にロックされている。
正義に反するものは許せないのである。

ネバベキにロックされた自我は主=神の役はできないのにやっているものだから
思惑通りであれば傲慢と自惚れに、
行かなければ自己否定、自己憐憫、人や社会に責任転嫁する。


計算と思惑を解放できずシノゴノしているので「今茲」の知識はあっても
エネルギーの方向は上へ先へと向けているので振り返ることも緩むこともなく
無自覚だが自律神経は緊張し、姿勢や症状で体は正直に現している。



自分がそうであったように、顕在意識で5次元の内容をお勉強していて
「私は知っている」と自惚れているのだ。
そしてその知識でジャッジし、5次元を自覚するのにこうあらネバベキでいることに無自覚だ。

知識だけでは中丹田のブロック解除は難しく言霊は降りにくい。
無邪気、トランス、ミラーニューロン活性の感応力が大切で、それが間脳力とリンクする。

そのコツが中丹田に向け名前をやさしく愛おしく呼び、
「ソウカソウカ、無理なかった」とどこまでも深く自身をイタワルことと考える。
イタワリの音が36度のアタタカイ温度を持ち、
ネバベキで凍結麻痺した中丹田をジワリジワリ溶かしていく。




インナーチャイルドを主役にできると
自我の私は何も知らないと「無知の知」と受け身の立場の自覚が醸し出され
答えは自分の中にある自覚が出るので自問自答ができるようになる。

(この回路ができてくるといかに今まで固定観念で決めつけていたがわかり、
それじゃ繋がるわけないとつくづく「ソカソウカ、無理なかった」と思う。)

インナーチャイルドからの答えは5次元情報なので
調和の連鎖でオートマチックに展開していくし
中丹田のブロックが取れるので、丹田に5次元エネルギーが降りるようになる。

それが言霊を降ろせることで、コトバにエネルギーが乗り現象化するわけだ。
当然培ってきた知識も降りるので、情理一体である。



体でいえば
中丹田が開くので「秘田ー中丹田ー丹田」の生命ラインは整い
リンクする自律神経の緊張緩和で
文字通り、オートマチックに繋がる神の経(みち)が開いていくのである。

中心軸は重力と同調し重力を使える身体操作、均整のとれたナイスボディで
オーラからの美人さん、ナイスガイである。

中丹田に閉ざされていたインナーチャイルドがお出ましになるのだから、
無上の答えが聞こえる本来のハート(HEAR+T)に回帰し
「愛と感謝、イタワリと許し」が広がるし、自分自身をを心地よく感じられ
真の健康と安らぎの扉は開かれるのである。



「知っている」→「知らないこと」を知っている→
「知ってる」を知らない→「知っている」を知っている。

「知っている」=自我の自惚れ
「知らないこと」を知っている=無知の知、自我は何も知らないことの自覚
「知っている」を知らない=中丹田に潜むインナーチャイルドは5次元を知っていることを知らない
「知っている」を知っている=インナーチャイルドは5次元を知っていることを知っている


主役をインナーチャイルドに明け渡せるのは、「知っている」を知っているからできるのだ。
「答えは自分の中にある」ことの自覚実感であり、
自問自答の無上の答えが聞こえる本来のハート(HEAR+T)を持てることである。

埋もれていた潜象界を現象化できる回路の回復だが
知識だけでなく、無邪気、トランス、ミラーニューロン活性が条件と考える。

その活性が手段でありゴールでもあるのではないだろうか。



正義をかざしても世界平和は近づかない。
なぜならば正義と正義の戦いだからだ。

主役をインナーチャイルドに明け渡すことが自身に平和をもたらすと考える。
WORLD→WORD+L、
愛と感謝、イタワリと許しのワードを自身に開く(L)ことで始まるのではないだろうか。



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D 主役はインナーチャイルド 2

インナーチャイルドに繋がるほど言霊は降ろせるようになり
発する念=イメージ=祈り=コトバは具現化しやすくなり
オートマチックというか最少エネルギーで最大効果の発揮である。

自己分離自己否定は名前をつぶされ、自分でもつぶしているわけで
それが強いと名前を呼びにくいし、名前を好きではない。名前は命

繋がるには名前をアナハタに向け優しく愛おしく呼び、自身をどこまでも深くイタワルことだ。
それによって回復した無邪気、トランス、ミラーニューロン活性回路で
アナハタのインナーチャイルドに向け、自問自答してみよう。

「~になったら嬉しいよね、~なったら楽しいよね」とささやくのだ。
その問いに、インナーチャイルドはどう答えるのかそっと待つのだ。
「うん、そうだね」と返ってくれば、具現化するように5次元エネルギーを発揮する。

私の感覚では「うん、そうだね」と共にアナハタに透明感と背骨がスーと通る感覚になり
すごく気持ちがいい感覚で通じたなと体でわかる。
自然と確信が持てるので、後はどう計らわれどういうタイミングで出るのかとお任せである。

主役はインナーチャイルドであり、顕在意識の私は受け身の立場であるが
仲良く繋がるほど面白いのである。



禊をして仰々しくなどしない。
無邪気さ、トランス、ミラーニューロン活性の回路がコツと考えるので
リラックス状態が良い。
お勧めは就寝時だ。
仰向けで寝ることは、重力から解放されるので自律神経の緊張緩和になる。
(立っているだけで交感神経は緊張し血圧は上がりやすいわけで、
病気や疲労時は横になるのは重力から解放され自律神経緊張緩和になるからだ)

「うん、そうだね」の答えに安らぎに包まれた感覚で寝てしまうのである。
睡眠中は顕在意識から潜在意識にシフトするのだからスムーズに思う。

時には、ワクワク感でイメージが広がり目が冴えてしまうこともあるが。


就寝時だけでなく、何かにつけインナーチャイルドに向け自問自答すると面白い。
「電車のタイミングが良いと嬉しいよね」
「あの人がこうなると嬉しいよね」・・・
「うん」の代わりに必要なことや他の情報を出す事も勿論である。
無邪気にやると良い。

顕在意識が主役だとネバベキと抑圧やコントロール、ジャッジに明け暮れるが
受け身の立場になると5次元と繋がるインナーチャイルドにお任せでいられる。

そしてインナーチャイルドと繋がるほど、自分の本来性と近づくわけで
自然と「愛と感謝、イタワリと許し」が広がると考える。

ネバベキでは無邪気、トランス、ミラーニューロンは影をひそめるので
無理をすることはない、モンダイナイのだから。


更に加速するには自律神経緊張緩和=中心軸を重力と同調するように
骨盤を起こすことだ。



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D 主役はインナーチャイルド 1

自我=顕在意識が主役だと
5次元と繋がっているインナーチャイルド(自分の本来性)は
中丹田=アナハタの奥底に閉じ込められている状態であり
無上の答えが聞こえる本来のハート(HEAR+T)から遠のいている。

インナーチャイルドが取り持つ無上の答えが聞こえないので、培ってきた知識や
固定観念、外からの情報を頼りにするし、それを基にネバベキと無意識にジャッジしている。

海面下の存在は自覚できず、海上の氷が顕在意識でそれが自分と限定しているので
情報量は5次元と繋がるインナーチャイルドとは比較にならない。
自己分離状態であり、そのギャップが自律神経緊張である。


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自我=顕在意識が主役だと
知識は構築できていてもコトバの出力は弱く
リンゴの知識はあっても実際に味わったことがないようなものであり
「コトバは神なり」と学んでもその実感が薄い状態ではないかと思う。

インナーチャイルドと繋がるほど無邪気、トランス、ミラーニューロン活性化状態で
5次元の無上の答えが聞こえるし、そのエネルギーを降ろせることになる。
それが言霊を降ろすことであり、念=イメージ=祈り=コトバが具現化する。


インナーチャイルド(自分の本質)と繋がれば良いのであるが
ネバベキの催眠術に罹った顕在意識が主役だから無自覚であるがジャッジに明け暮れている。

主役をインナーチャイルドに明け渡せば良いのである。
しかし、感情にロックされているので、頭では分かっていてもそう簡単にはできない。
感情を基にジャッジ=ネバベキで決めつけ=固定観念に縛られれているので
答えは自分の中にあると知識はあっても外に求めてしまい、自問自答ができないのである。

それは自分自身を信頼できず、外に安らぎや判断を求めるので
自分が自分の主人公になれず不安定なのだ。



コツは
名メ=命、名前に5次元と繋がるインナーチャイルド、命、宇宙の情報が秘められているので
名前をやさしく愛おしくアナハタに向け呼び、自身をどこまでも深くイタワルことである。

繋がってくると閃きやインスピレーションとして内から情報が出てきやすくなる。
(繋がっていないから外に情報を求め、「今茲」と知識はあっても上へ先へ求めてしまう。)

そうなると自問自答回路が開くが、アナハタのインナーチャイルドに向け問うことだ。
固定観念でジャッジするのではなく、インナーチャイルドに問うことで
主役がインナーチャイルドに変わっていく。


「これを見せてくてか、この為にあったのか、これに気づくためだったのか・・・」
顕在意識は主役から受け身の立場になっていき、無自覚の緊張が緩んでくるのである。

その緩みが自律神経緊張緩和、無邪気さの回復、トランス、ミラーニューロン活性化で
インナーチャイルドと繋がり5次元エネルギーを降ろせるようになると考える。

受け身の立場になるほど自我の氷は溶けていくが、
主役に固執するほど忍耐努力しもっと力を持たネバ、勝ち取るのだ、守るのだ
まだ学びが足りないと緊張を強め、生かされているという感性は出ようがない。


「主役」は文字通り、主=神の役である。
顕在意識は主の役にはなれず、インナーチャイルドが主の役を担っているのである。
その存在をネバベキで封印しながら言霊をお勉強していても降りにくいと考える。
言霊は命なのだから。


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D 中丹田を開くコツ

モンダイナイ
問題を感じたら「モンダイナイ、モンダイナイ!」
この音で問題は無くなって行く。


先ず明らかにしておきたいのだが
何一つ問題無いアダムとイブの時代も現代も授かる命は変わっていない。
真空を構成する5次元のパーフェクトエネルギーだ。

アダムとイブの時代は中丹田の詰りが無いので
無上の答が聞こえる本来のハート(HEAR+T)を持ち丹田に5次元エネルギーが
ダイレクトに降りていたと思う。
本来のハートゆえ、神人合一であったと思う。


私達も授かる命はパーフェクトなのに、何が違うのだろう。
無意識にモンダイアリをベースにしているのではないか。

モンダイアリでいる限り、何をやろうが問題は無くならないのは当然である。
バベルの塔以後先祖代々親から子へと
モンダイアリの催眠術にしっかり罹っていると思うのである。
固定観念を強めネバベキの音にロックされる事である。


誰もが問題を無くしたい、その為にHOW TOや占いなどに頼ったり
あるいは言霊を学びコトバの大切さに気づくが
モンダイアリのベースでいる事には気づきにくいのではないだろうか。

それがベースになっている思考と感情でいて現象や相手を問題にし、
思考と感情に見合うようになることが問題の解消としている。


一番問題なのは、モンダイアリの催眠術ではないだろうか。
アダムとイブと違い、中丹田をモンダイアリの思考と感情でぎっちり詰まらせ
5次元=言霊を丹田に降ろせなくなっていると考える。


「モンダイナイ」は
モンダイアリの根深い催眠術を解き中丹田を開く音のエネルギーだ。
モンダイアリにしている思考と感情と無自覚の緊張が緩み
その隙間にアタタカイ明るさと軽さのユーモアの芽が顔を出し花が咲く。

それが話である。「波無し」ではなく5次元に根付いた「波有り」で
「愛と感謝、イタワリと許し」を話せる=放せると思う。

無上の答が聞こえる本来のハートに回帰していくことであり
無邪気さ、トランス、ミラーニューロン活性で感応力が高まる事でもある。


無理することはない、モンダイナイのだから。
ジワリジワリ解けて行く。


5次元エネルギーが降りてくるので問題は無くなって行く。
シンクロタイムリーや調和の連鎖の広がりは、嫌でも感謝が湧き起る。
それがCONSCIOUS=感謝スで意識の本来性である。

実感が伴わない「アリガト」を薄っぺらに連呼するよりも
嫌でも湧き起るまで悪たれつくのも素直で面白いのではないか。
孫悟空ではないが、悪たれた分ドガーンと降りて、参りました!
I SURRENDER 愛サレンダー、全面降伏=全面幸福の境地ではないだろうか。

「秘田ー中丹田ー丹田」の生命ラインは自律神経とリンクするので
心も体も健やかで安らぎに満ちていく。
中丹田が開くからだ(体)。


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D  言霊を降ろす 2

丹田ができれば言霊を降ろせると考えるが、頑張って強化するイメージは無く
元々あるのだが中丹田でブロックされてしまい、弱くなっているだけではないか。


言霊は命であるから
中丹田ブロックは自己否定が作っているので
コトバを自己否定に使っていてはエネルギーが乗りにくいことがわかる。


ブロック解除は
無邪気、トランス、ミラーニューロン活性状態で感応力が高い状態だ。

幼少期を振り返れば
風呂敷をマントにし月光仮面に成りきって遊んだビジョンが浮かび、顔がほころぶ。
あなたもヒーローやヒロインに成りきって遊んだことと思うが
その状態が無邪気、トランス状態でありミラーニューロン活性で
感応して情報を丸ごと受け取っているスーパー回路なのだ。


幼少期くらいまでは繋がっているので動物や植物の気持ちや精霊がわかるが
ネバベキと地上の仕組みに組み込まれる程、
無邪気さは封印され六感覚の無意識の世界とのつながりは弱まり感応できなくなる。

感応するからエネルギーと情報を受け取れるのに、感応より覚えることを刷り込まれていく。



言霊は5次元の絶対電磁場が作る潜象界であり、自身の命である。
自分の本質の明るく軽い無邪気さを中丹田の奥底に封じ込めたまま
言霊をお勉強しても、コトバにエネルギーは乗らず潜象を現象化しにくいのである。


ヒーローやヒロインと感応したように神様と感応できればいい。
スーパー回路からの念=イメージ=祈り=コトバにエネルギーが乗るのは当然であり
トランス状態なので
イノリ=意乗り、PRAY=PLAYと同音で、無邪気な感応力が生むとわかる。



ネバベキと自己否定しながらでは知識は構築できても
「愛と感謝、イタワリと許し」のエネルギーである言霊は降りにくいので
「ソウカソウカ、無理なかった」と自分をイタワリ
精神の背伸びで麻痺した素直な気持ちと無邪気さを取り戻したい。

中丹田=アナハタが開き無上の答を聞ける無邪気な本来のハート(HEAR+T)に回帰し
構築した知識も情理一体でしっかり丹田に降りてくる。


それは祈らずして祈っている状態と言え、
愛と感謝、イタワリと許しの言霊の海の中どっぷりに生きる事ではないだろか。


         空海


空海はきっとその中に生きたのではないか。
空と海ではなく、空である真言(言霊)が全てを生んでいる海を現しているように響く。




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D 言霊を降ろす 1

明治天皇の御歌
天地を動かすばかり言の葉の誠の道をきはめてしかな

コトバは天地をも動かす力がある。
キリストや空海、ヒマラヤ聖者・・・聖者が起こす奇跡は全てコトバの力である。

「初めにコトバあり、コトバは神と共にあり」と
確かにコトバは光透場=5次元エネルギーで全ての原因であるから、
そこと繋がっていれば発するコトバは具現化する。


「アリガトアリガト・・・愛シテル愛シテル・・・」現象や相手を思うように具現化しようと
言霊を一生懸命背中丸めて唱える人がいるが
私達も常にコトバを使い様々な事を願うが聖者のように行かないのはなぜだろう。
違いは何だろう。


聖者とは
聖{耳口王、 王は4次元=絶対電磁波(光透波)
4次元の耳と口を持つ者が聖者と字は教えてる。

4次元=光透波コトハ=詞(言+司)、
4次元は言を司り天意を成立している音=波動である。
聖者は天意を聞ける耳と話す口を持ち、
聖セイ=誠{言+成
コトバの本質で成立する誠の人、「愛と感謝、イタワリと許し」の人である。

自分を守ろうと計算と思惑にコトバを使う者と聖者との違いがわかってくる。
つまり、同じコトバを使っても自我が強いほど、叫ぼうが強く念じようが力は弱いと言える。


5次元で言えば絶対電磁場、4次元では光透波であるコトバを
私達も聖者も命に授かっているが、聖者は自己分離自己否定がない為
言霊を降ろせるのではないか。

       dansei-mae[1]


丹田ができれば降りる
秘田に命=言霊を授り「秘田ー中丹田ー丹田」の生命ラインに降りるのだが
自己分離自己否定が中丹田を詰らせ、丹田に降りにくくしている。

中丹田はハートのアナハタチャクラであるから
自己分離自己否定の無い本来のハートはHEAR+T、
無上の答が聞く事ができるので、4次元(王)の耳を持ち、話す口を持つ聖者と言える。


自己分離自己否定が自我の強さを生んでいるが
~の知識や言霊を知っている、など知識の構築だけでわかったと錯覚し
その知識でジャッジする自惚れの落とし穴にはまり

アナハタの奥底にドロドロの正直な気持ちを閉じ込め
「もっと清く正しく美しくあらネバベキ」で精神の背伸びを続けているのではないか。
なぜならもっと言霊を降ろせるようになりたいから。

残念ながら、いくら知識を構築してもネバベキの音にロックされていては
降りないのである。


それは浄化でなく増々自己分離自己否定とジャッジを強めてしまい
「今茲」と知識はあるが、上へ先へとツンツンの精神の背伸びをしているで
振り返る事ができず自分の正直な気持ちなど麻痺してわからなくなっている。

中丹田のブロックは緩まずアナハタを開くことができないので、
まだ足りないのか、もっと浄化せネバベキと背中丸めて一生懸命「アリガトアリガト…」
本心が麻痺して頭でっかち特有の知識に翻弄され、おかしくなることも考えられる。


ネバベキの音にロックされたまま無自覚であるが自己分離自己否定、ジャッジしている土台で
アリガトアリガトではブレーキとアクセルを同時に踏んでいる。

そのギュウギュウした摩擦を体は正直に現している。
歪みと緊張で背中が丸まった姿勢で
(中丹田ブロックの為肩は内旋し胸は閉じ横隔膜は潰され骨盤は寝る)
精神的か肉体的か自律神経緊張として症状が出る。



言霊を降ろすには
自己分離自己否定にまず気づくこと、ドロドロの正直な気持ちを認め許しイタワル事
それに比例してネバベキは影を潜めジャッジしなくなる。
ドロドロの深さがわかるほど、ジャッジの恐ろしさに気づくから。

気づく=AWARE、ローマ字読みでアワレ=吾割レ、自分を割ることで気づく。
割ることはワルカツの組み合わせで「労」になるように
どこまでも深く「ソウカソウカ、無理なかった」とイタワルことであり
精神の背伸びとは真逆である。

ドロドロの実感が「憐れ」を醸し出し、自分へのイタワリが相手を労れジャッジしなくなる。

その為に「愛と感謝、イタワリと許し」の言霊を使いたい。
手段でありゴールではないだろうか。



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D 答は自分の中にある

良く聞くコトバであるが、わかるようでわからない。
中にあるってどこだろう?
心にあるとも言われるが、顕在意識が主役になっているので
心コロコロで自分の心自体が不安定である。


全ての答、それは全てを成立している5次元にあるのだが
5次元が私達の命で間脳に瞬間瞬間フレッシュに授かっている。

自分とは何かというと、肉体ではなく命である。
その命が名前なのだ。
つまり、名前の音(波動)と文字に命、個性、潜在情報などあらゆる情報
5次元が秘められている。
(死は肉体(間脳)から生命電磁場が抜ける事であり、名前=波動の存在になることだ)

全ての答=5次元=命は名前にあり
命は「秘田ー中丹田ー丹田」の生命ラインにあり、自律神経に働いている。
      dansei-mae[1]


「中」とは何か。
中→ロ+|
ロ(空間=肉体)に貫くエネルギー(|)と取れ
自律神経を表す字形である。
「秘田ー中丹田ー丹田」生命ライン=中心軸=コイルとリンクする。

中ナカ=名加
名前に5次元である答が加えられていると取れる。

中チュウ=智由
実体は智恵に由っている。

中アタル=空田立
空に充満する絶対電磁場(5次元)が成立させている。

「中」の字形と読みが示す内容であるが、
命の内容であり自分の「中」に答がある事が理解できる。



頭では「自分の中に答がある」と認識できていても、曖昧模糊だ。
無自覚であるが自己否定していては自分の「中」に答を見出せないのは当然で
外に求めざるを得ず、知識や情報に翻弄されるのである。

例えば、お腹が空いているのに何を食べたいかメニューを迷う、
体の要求が麻痺し栄養やカロリーがどうだとか知識に翻弄される。
自分で決められず、占いや霊能者に逐一伺いを立てる。


自律神経緊張を作る自己否定は「ネバベキ」の音にロックされ
名前を潰され自分でも潰している状態だ。

その解放には
アナハタに閉じ込めている自分の本来性の5次元と繋がっているインナーチャイルド
に向け優しく愛おしく名前を呼びイタワル事が大切と考える。

イタワルほど答は自分の「中」に在ることを実感できるようになる。


自分をイタワル=名前をイタワルことで自問自答回路が開き
閃き、インスピレーションとして答が降ろされる。

インナーチャイルドと仲良しになるほど活性する仕組みだ。




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D マナブ 2

「字」に5次元が秘められているので「字割」で開かれる。
5次元が成立している宇宙の仕組み、構造、法則、愛である天意、あらゆる答えが
確かに開かれお出ましする。

「ソ字」と分けられるように学ぶには字が素であり、
字は「ウ子」、字に由って5次元と繋がる宇宙の子になれるのだ、理屈では。



だから5次元と繋がりたいと字割をやり続けるのだが、
宇宙の構造や天意など知識としては構築できるのだが、実感実力が思うように伴わない。
5次元アクセスで、健康と安らぎ、間に合っている世界は開かれ
シディ能力も手にできると考えられるが、なかなか感じないのである。

治療に携わっているので、シディ能力は是非とも願うのである。
まだ字割が足りないから実感実力が出ないのだろうか?
まだ学びが足りないからだろうか?
理屈では字割で5次元が開かれるはずなのだから。



今に思えば、そんな「お勉強」スタンスでやってきたが
精神的にギュウギュウに追い込まれることが起きた。
不安のビッグウェーブに飲み込まれ、どうにもこうにもならないのだ。

「生かされている、計らわれている、愛されている」、宇宙の構造など構築してきた知識など
不安のビッグウェーブで木端微塵であった。


この体験が大きなAWARE(気づき)をプレゼントしてくれた。
知識で自分の本当の感情を押しつぶしていたのだ。
奥底にあるドロドロの感情を知識で押さえ、「もっと清く正しく美しく」と
ネバベキで精神の背伸びをし続けていたのである。

洗濯は汚れを落とすことのように、
浄化は奥底にこびりついたドロドロの感情の解放であり
解放とはそれを認め許し「ソウカソウカ、無理なかった」とイタワル事なのに
知識で固く蓋をしていたのである。



インナーチャイルド
ビッグウェーブに飲み込まれたことで初めて自分の本当の気持ちに気づけたのである。
前世を含め、今生でも幼少から「こうあらネバ、あるベキ」と地上の仕組みに対応するよう
自分の正直な気持ちや本来性を閉ざしてきたのである。

あるいは、自己解放を「ネバベキ」と自己否定しながらやってきたはずだ。
難行苦行に明け暮れていた前世の記憶がチラホラする。


「ネバベキ」の音にロックされた思考と感情、それが顕在意識であり自我で主役になってる。
概念に囚われ「ネバベキ」であらゆるものをジャッジしているのだ。
ジャッジの基準は正義になっている自分の思考と感情であり、
それに同調しないものは許せず、抑圧やコントロールするために思考が止まらない。

構築してきた知識でジャッジしていたのである。
コトバの本質が愛であることを学んでも、
前世から変わらずにネバベキのコトバの使い方のままで「お勉強」していただけだ。



「ネバベキ」の音にロックされ自分の正直な気持ち、本来性を潰しているのが
自己分離自己否定である。

正直な気持ちや本来性などすっかり麻痺してわかりもしなかったのであるが
どうにもこうにもならないビッグウェーブが胸の奥底に閉じ込められていた
インナーチャイルドの存在に気づかせてくれた。


インナーチャイルドこそが5次元と繋がっている存在なのに
その存在に気づかず顕在意識に5次元を持ち込もうとしていたのである。

この事に気づくと、小田野早秧先生は全くご自分の気持ちに正直で
自己分離が無かったので「ナニナニ」と問いを深める以外なく、
それが概念に囚われない「在るがまま」の世界であり
問い続けた結果が「光透波」=コトバに全ての原因があると突き詰められたことと
自分との違い、なぜ実感実力が伴わなかったのかがわかってきた。


自己分離の無い先生にとっては
「学ぶ」とは字が素であり、ストレートに字に自身の本来性、命の世界を見出せ
感応できるのは当然である。

インナーチャイルド(本来性)との分離に気づかされると
学→ソ+ウ+子
ソ=素、ウ=内、子 素の内なる子=インナーチャイルドを学ぶことだと響く。

胸の奥底に閉じ込め硬く蓋をし聞こえなくしていたインナーチャイルドの声を
聞こえるようになることが自己分離を溶かしていくことであり、
HEAR+Tと分けられるように無上の答が聞こえる本来のハートに回帰であり
それがアナハタチャクラの開花と響くのである。

5次元にアクセスしているのが海面下のインナーチャイルドで、
概念=害念で凝り固まった海上の氷山の顕在意識ではないのである。

          氷山の一角sヒプノ用[1]


自己分離自己否定していることに無自覚であり
その反動のままで愛を「お勉強」していたので
当然「秘田ー中丹田ー丹田」の生命ラインは中丹田でブロックされているので
丹田には降りて来れない、それでは知識は構築できても実感実力が出ない状況であった。


ず~と長い間主役は顕在意識であったが、インナーチャイルドに主役を明け渡すことだ。
それが自問自答であり5次元からの情報をもたらしてくれる。

そのスタンスがあってこそ自問自答が字問字答になり
字に由って5次元が開かれ、止観の奥義を実感できると思う。




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D マナブ 1

私達は何のために何を学ぶのだろう。
様々な事を学んできたが、ほとんどが概念ではないだろうか。

自然法則=真理を教える学校教育なら、SCHOOLスクウル=救得るになるのだが
概念と比較競争を教えるのでは、救いにならないと思う。
大学まで出て高等教育を受けても健康と安らぎ幸せに満ちないことはうなずけると思う。


健康と安らぎ幸せに満ちる事を学べはいいわけで
調和の連鎖である自然法則に則っていれば、それは開かれると考える。

自然法則=真理を作っているのが5次元の絶対電磁場である。
絶対電磁場が音に働き、音が意識と数、宇宙意識の天意と法則=真理を成立している。

その音の波動は絶対速度だが、そのエネルギーを止(とどめ)ているのが「字」である。
「字」に自然法則=真理が秘められている。
小田野早秧先生が不眠不休飲まず食わずで4年4か月かけて降ろされた「天鏡図」に照らして
字を割ることで自然法則=真理、天意、5次元の宇宙エネルギーを開くことができる。

今までは瞑想や内観など主観でしか捉えられなかった世界を客観できるのが「字割」である。

無題

学を字割すると、学ぶには字が素と取れる。
確かに字があるから古代の叡智も現代に持ち込め学ぶ事ができる。
字が無ければ口で伝えるしかなく、曖昧になり正確かどうかも確認できない。
文字(文章)は時間空間に限定されない。
(古代のものも今に持ち込め、口では限られた空間だが文字であればどこにでも広げられる)

文明文化は、文が明らか、文が化すと書くように字の賜物である。



字が学びの素、文明の素であるが、
さらにその字に5次元が秘められているのである。
5次元は自我を超越した世界、その為に難行苦行し内観でしか捉えられなかった世界を
字を割ることで開くことができるので、止観の奥義が字割と言える。

字はウ子、宇宙の子と分けられるように、字に由って自由の世界=5次元が開かれる。
5次元にアクセスできたら私達は宇宙の子、自由自在だ。
神の分け御霊、神の子である自覚と実感である。

アダムとイブの如く神人合一で何一つ問題ない調和が連鎖する世界が醸し出されると考える。


5次元を学ぶために字がある。
観音様は音を観る(見るとは違い観察分析)、それは字である。
観音力とは字に秘められている5次元エネルギーであり、慈悲は字秘で字に秘められている。
確かに文字は衆生にまみれている。




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D5次元にアクセス

5次元は絶対電磁場
極小の点がこれ以上無い速度(動=止を成立する絶対速度)で回転展開して
極大の天を成立している。

だから、天は一(絶対)大と分けられる字形である。
♪てんてんてんまり=点転展真理。


角度を変えて言えば
統一場であり、無限が存在する磁場=0磁場
王(4次元=時間)を構成する極小点の玉=絶対電磁場であり命の根源である。
それを私達は頭(間脳)に授かっている。

アタマ=吾玉=吾霊と読める必然性がわかる。



生命の根源であり、全ての原因となっているエネルギーだから
5次元にアクセスできれば健康と安らぎは勿論だが、シディ能力が開かれ願いが叶う。

叶{ロ十、ロ=露、十=絶対電磁場(時間|と空間一の交点)
字が教えるように、絶対電磁場を露わせば(アクセスすれば)叶う。
何の努力も我慢もなく、スムーズに叶う仕組みになっている。


スムーズさでアダムとイブを想像するのだが
何の努力も我慢もせずに願いがスムーズに叶っていた、
いや、完璧に調和が連鎖するど真ん中にいるので願うなど必要なかったのではと思う。

5次元とアクセスしているので
授かる命は活性し自律神経は完璧にバランスが取れているので、
皮膚(自律神経の末端)は透き通るきめ細やかで潤い、
中心軸は整い緊張歪みの無いスタイルと愛に満ちたほほえみ。

なぜならば、5次元(統一場)意識は「愛と感謝、イタワリと許し」で充満し
不安や恐れネガティブな感情は微塵もなく、アタタカイ明るさと軽さしかないはず。
同時に、「愛と感謝、イタワリと許し」に共鳴しない邪まなビジョンや願望は出ようがない。



5次元が命であるから、アダムとイブの時代も今も授かる命は変わっていない。
何かがブロックさせているはず。
その何かとは何かというと、「ネバベキ」の音のエネルギーと考えている。

「~あらネバ、~あるベキ」と概念を強め縛られ、バベルの崩壊以来蓄積し続けて
邪まな自我を醸し出し5次元アクセスを難しくしてきたのではないだろうか。


概念は害念
「ネバベキ」が5次元と繋がっているインナーチャイルド(自分の本来性)を潰し
胸の奥底にインナーチャイルドを硬く押し込めて、その声を聞こえなくしている。
それが自己分離であり自己否定である。

本来のハートは、HEAR+Tと分けられるように
5次元が担っている無上の答(T)が聞こえ、それに素直でいる事で調和が連鎖するが
H(叡智)がネバベキの音で後ろに追いやられEARTH化し、
地球の持つ質の有限相対差別が比較競争差別の心を醸し出し、
5次元にアクセスできなくしていると考えらる。



         dansei-mae[1]


間脳(秘田)に5次元を授かっているのだが
「ネバベキ」の音でインナーチャイルドが胸の奥底に押し込められて
アナハタは硬く閉ざされているため
「秘田ー中丹田ー丹田」の生命ライン=中心軸=コイル=自律神経は整わない。
自己分離、自己否定で5次元アクセスができない状態である。



5次元が命
名前に命=5次元がインプットされている。名前は命

自己分離自己否定でインナーチャイルドの声を聞こえなくしているのは「ネバベキ」の音、
それは名前を潰していることである。
(呼んでみるとわかるが閉ざされていると、名前が嫌いとかしっくりこないと思える。)

このことがわかると
概念、ジャッジを生む「ネバベキ」の音から解放し、
アナハタに向け名前を優しく愛おしい想いで丁寧にイタワリながら呼ぶ事だ。
(無理なかったことだが、ずーとインナーチャイルドの声を無視し潰してきたのだから)

ジワリジワリと胸の奥底に閉じ込められたインナーチャイルドの声が聞こえるようになって
5次元アクセスの扉が開いてくる。

そこには
願望成就のためにマントラや呪文などを「ネバベキ」で唱える必死さは無し
外に求めることもない。

自分自身の正直な気持ち=インナーチャイルドをただただ優しく愛おしむ想いが
5次元アクセスの手段でありゴールだと考える。

5次元は自己分離自己否定の無い世界にあるのだから。


123(ヒフミ)の日
体のスピリチャル=皮膚身神示


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D日本数読みの合理性

一(ヒ)、二(フ)、三(ミ)、四(ヨ)、五(イ)
字形が次元の表現とぴったり当てはまるのである。

一:線である1次元(音)

二:1次元にもう一つ加えたものが2次元となる字形(一+一=二)、面である2次元(光)

三:2次元にもう一つ加えたものが3次元となる字形(二+一=三)、立体である3次元(温度)

四=王→神代文字(阿比留文字)では王をヨと読む。
  三(3次元)を貫く|(時間)が4次元であるので、字形から王が4次元とピタリである。

五=玉、5次元は4次元である時間(動き)の一点(場)であるため、
  五は玉と同じ字形である。



玉=5次元は極小点の絶対電磁場であり、その一点が絶対速度を持つので
無限大の宇宙空間を構成しているのだが、別の言い方をすれば

五イ=意、五=玉タマ=霊とリンクし、
極小点の絶対電磁場が宇宙意識(意)・宇宙大霊を成立していると理解できる。



       yjimageKLP2EX4J.jpg



日月神示の丸チョンや○の中に・は
無限大(○)を構成する一点(・)で5次元を現している。
点が転じ展開して無限大の天を成立する(点=転=展=天)
♪てんてんてんまり=点転展真理 と読替えられる。

極小点の絶対電磁場の動きが絶対電磁波の光透波であり
光透波=コトハ=詞{言+司、宇宙の音で言を司る。


玉タマ=霊の5次元である絶対電磁場を私達は命として間脳に授かっている。
だから頭はアタマ=吾霊と読める。



        220px-三神器[1]

三種の神器、神の器であり内容そのものでもあるので
玉は5次元の絶対電磁場を象徴していると考えられる。


あらゆるものの根源である5次元が私達の命であるが、
命に覚醒することは5次元にアクセスできることなので、
ヒマラヤ聖者や空海・・・覚者が駆使するシディ能力を発揮できることがわかる。

5次元の絶対電磁場が光透波の動きで、音であり光であり温度(1次元・2次元・3次元)であり
その音が宇宙=神の御心であるので
聖者の駆使する能力は黒魔術的なものではなく、
自分は神の分け御霊、神の子の自覚実感から湧き起る
「愛と感謝、イタワリと許し」の能力と思う。



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Dプロフィール

桑原大治

Author:桑原大治
宇宙は光透波
無限分の1秒で無限大を回る絶対速度、命でありコトバの本質と解く小田野早秧先生に1984から御逝去の2001まで師事し光透波理と字割を元に、埼玉県川口市でカルナ治療院を開いています。

腰痛、膝痛、首痛、顎関節症、スポーツ障害、内臓疾患、ウツ、自律神経失調症
メンタルからもアプローチしながら対応します。
改善しにくい原因に、無自覚の自己否定、口呼吸、菌の影響があります。
MMSのアドバイスもします。

予約制、水曜・木曜休診

JR武蔵野線、地下鉄南北線(埼玉高速鉄道)
東川口駅歩3分 

問い合わせ
kt99av@bma.biglobe.ne.jp

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