D WORLD→WORD+L

Lは開く意味がある。

なぜ開く意味があるかというと

薄い紙を縦に見ると|「線」に見える。1次元での見方だ。

線に見えていたものを横に90°開くと、L「面」とわかる。 

2次元での見方であり、面積は縦×横となるわけで

「L」は字形から開く意味を持つ。


ちなみに、どんなに薄くても厚み(高さ)があるので物の存在は3次元である。

体積は縦×横×高さである。



コトバが開いているのはWORLDとズバリと字は教えている。

一人一人の集合が家族、その集合が地域、地域の集合が自治体、その集合が国家

国家の集合が世界となっているが

世界情勢は集合意識でありその元は個々の意識であり

思考と感情も含めて意識は全てコトバが生んでいるのである。


この理解が深まると

あらゆる現象に自分の意識が無自覚のレベル(潜在意識)であるが

投影し繋がっていることが観えてくるのである。



WORLDはコトバによって開かれている事をセミナーするが

「そうなんだ・・・」「そうそう、だからコトバは大切だ」「それはもう知っています」

などの反応が大抵である。




知識止まりになっているものを動かしたい。

WORLDを世界の意味から「空間」に広げてみよう。


個々のWORLDは人生という空間そのものである。

今生に限らず前世からどういうコトバを開いてきたか、

あるいは因縁は因音云(ネン)と取れるように

どういうコトバを親を始め先祖から伝承されて来たかが

出会い、対人関係、仕事、心身の健康・・・

今の人生という空間に結果していると取れるのである。


「あの一言が人生を変えた」と良く耳にするが

インパクトのあるものがクローズアップされるのだが

それに響くだけのコトバの展開がベースにあったからで

実際は様々なコトバの開きが結果しているのである。



「エネルギーは空間に結果する」。その意味から観ても

コトバがエネルギーでありコトバが人生に結果しているのである。


つまり、刷り込まれた概念・イデオロギーは元より

抑圧や過去の悲しく暗い記憶、攻撃や批判、ジャッジ、後悔・・・

それらが反動となったコトバに縛られているので

「売りコトバに買いコトバ」の路線から離れることはない。



記憶という過去にガッチリとロックされた

下からのコトバの使い方しか知らないのではないだろうか。


別の表現をすれば

「在るがまま」の真実の世界に生きているのではなく

下からのコトバの使い方が開いているバーチャルの世界に固く閉じ込められている。


そして、死後にバーチャルだったことに気づくと思われるが

果たしてどの位気づけるのだろうか。


死んでもなおバーチャルから抜け出せないので、憑依するのではないだろうか。

念が残り(残念)重いわけで、浮かばれないのである。




いつか愛せるようになったら、許せるようになったら、やれるようになったら・・・と

感情にロックされ続けているので、「今茲」と知識はあっても

もがきながら永遠のいつかを待ち望む。


もがきの解放を知識や思考に求めるので

それに触れた時は良いのであるが感情をそれらで押し込めているものだから

じわりじわりと納得できない感情が顔を出したり、できない自分を責めたたり

こう考え「ネバベキ」に陥っているし

抜け出そうと更に上へ先へ外に求め知識の構築は大したものだが

一向に降ろす事ができないのである。


無邪気さは胸の奥底に深く深く追いやりながら無邪気さのお勉強であり

「こうあらネバベキ」と自己否定しながら自己解放を

自律神経を緊張させながら活性化を図ろうとしているのである。


コトバそのものに気づけないが故にはまり込んでいる落とし穴に思う。



ちなみに、小田野先生は「生-死=命」とシンプルに考えられ

命は客観面では「動+音+音」=エネルギーで実態は光透波

主観面では感覚にコトバがはたらいている「感情」と解明されている。


つまり、感情が主観面での命であるので

感情にロックされて「売りコトバに買いコトバ」の

下からのコトバの使い方に明け暮れていては、

命=エネルギーは高まりようが無く枯渇の一途ではないだろうか。


それが端的に一番身近な空間現象である「体」に現れるし

家庭に、対人関係に、出会いに、仕事に・・・自分のWORLD(人生)に

結果していると考えられ、まさにWORLDはWORD+Lではないだろうか。




そこで気づくことは

コトバの使い方は相変わらず下からの使い方のまま

体を良くしたい、幸せになりたいと薬に頼り、神社仏閣、方位取り、霊能者、グッズ・・・

外に求めて止まないことだ。


勿論それぞれに意義があるのだが

神様仏様の御実態が「コトバであるぞよ」なのである。


方位取りは場の持つエネルギーにあやかるのだが

北が吉方なら相対する南は凶方と考えられるし

北半球は南が陽だが、南半球では南下するほど寒く陰になり

西に方位を取り大欲張りすれば一番遠い西は、ぐるりと回り自分の真後ろである。


コトバのエネルギーに気づかないと、

少しでも良くなりたい思いが方位に過敏になり逆に気を病んでしまう。

(実際、買い物すら方位で決める人が来院したことがある)


コトバの本質は光透場で宇宙を構成する5次元エネルギーなのだから

茲にいながら満天(パーフェクト)方位取りできるのである。

空海やキリスト、聖者が行った奇跡は光透場(言霊)を降ろしたのである。



「売りコトバに買いコトバ」にさよならし、

無意識無自覚を含め記憶にロックされた下からのコトバの使い方を解放し

上からのコトバの使い方に執着したい。




なぜ「執着」と表現するかというと

感情が命であるので、誰もが自分の感情が正義であり大切なので

感情という主観に埋没して、感情を客観するには大変なエネルギーが要るからである。


様々な事件の背景には、感情の納得の為に命も惜しくはないとやってしまうのである。



しかし、「音」がエネルギーと理解があると

「ソウカソウカ、無理なかった」「モンダイナイ」の音波云できている時は

感情から離れているからこそであり、

その隙間に気づきというエネルギーが降ろされて、感情が解放されていく。


感情から感覚にシフトしていき、シャープさが磨かれていく。

それが六感覚に繋がる知覚の活性に思う。




上からの使い方とは

神様仏様の御心のコトバの本質である「愛と感謝、イタワリと許し」の音を

売りコトバを買う代わりに使うことである。


「ネバベキ」の音が作る自己否定とジャッジのWORLDから

健康と安らぎ、調和が連鎖する間に合っているWORLDが醸し出されていくと考える。


コトバの本来性に執着で、執→幸+丸と書くように丸々幸せに着くテクニックである。




コトバの大切さをご存知の方は多いのだが

知識がある故に「ネバベキ」とジャッジしたり

まだ自分はダメだと自己否定に陥っている灯台下暗しが意外に多いのではないか。




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D 景教

昨日22日(秋分)、光透波セミナーで小田野早秧(サナエ)先生が

真言密教の奥義のダラニの最後の伝授者のお話をさせていただいた。


空海は唐で景教を学び真言密教の礎にしたと考えられる。

景教の元が古代キリスト教の一派、ネストリアンであることを話したのだが

帰宅し新聞(朝日)を広げたら、その景教が掲載されていた。


景教は845年に禁圧され今では知る由もないようなのに、

シンクロを感じるので掘り下げてみたい。



IMG_0615.jpg




真言の奥義の伝授とは

一生涯に一度だけ口に出して伝えるもので、空海から口伝されてきたものである。

真言宗に限定されず、宗派等は関係なくこの人にこそと思えた人に伝授されるという。


小田野先生は昭和の大霊能者と謳われた油井真砂先生から伝授されたが

真言宗をいつから離れたかは知らないが

油井先生は曹洞宗(禅宗)の尼僧であり、結核の治療に尽力された女医さんでもあった。



小田野先生は神様が本当にいるかいないかわからないのに拝むには嫌と

宗教に全く関心を示さなかったが

宗教も科学も哲学も「コトバ」があるが故に成り立つわけで、

そのコトバとは何か?と探究されてきた。


3歳位の時に女中に連れられ外出した際「お馬が橋を渡っていますよ」と言われ

ご飯を食べるハシと馬が渡るハシがどうして同じなのか、

なぜハシというのか、「ハ」と「シ」って何か?が発端となり

わずか3歳から持った疑問を生涯探究され、光透波理論を打ち出し

「初めにコトバありき、コトバは神と共にあり」の内容をエネルギーと幾何で

解明した天鏡図を降ろされた。


コトバの本質(光透波)、それは神の実態であり命が天鏡図で明らかにできるのである。



油井先生の取り巻きの方はのどから手が出るほど欲していたが

奥義などいらないと拒む小田野先生に油井先生は「あなたが止(とど)めの人で結構」と

間髪入れずに口伝されたと聞いている。


パッと言われただけなのにダラニの音は生涯頭の中に残っていると話してくれた。



それももっともなはずで

先生は口伝されてから庭に一間四方の一人座れるほどの小さなお堂を作り

その中に籠り、食べない飲まない寝ないでダラニを念誦され

それもいかに速く念誦するか速度に挑戦したものであった。


10月18日から始め冬が来た頃には1日6万回できるようになり

油井先生に「今までの先達も一日に6万回された方はいないはずだから、

そんなになさらなくていいわよ」と言われるが

小田野先生はベストを尽くしたい思いから

翌年(S34)6月30日までに360万回念誦される。


「もうそれで結構、生涯をかけても念誦をそこまで上げたお方は

いらっしゃらない筈だから、それで止めにして下されば結構です。」  

の油井先生のお話で打ち切ったと話してくれた。             


油井先生はその年(S34)4,10皇太子ご成婚の日の未明に

「皇統に濁りあり、これを浄化せよ」のイザナミ・イザナギ神からの霊感を受けられ

捨身供養に4月11日から入られ、9月21日に遷化された。


その思いから小田野先生は更に50万回追加され、計410万回念誦された。


念誦の速度を加速していくと仏像にあるような光輪が出て来るのがわかると言う。

更に加速していくとその光輪など無くなってしまうそうで

「光輪が出るだけではまだまだなのよ」のコトバに仰天した思い出がある。



ダラニに代わるものが天鏡図であるので、先生は高野山にお返しに行かれ

念誦したら「金剛峰寺 受け取ったりぃ」と強く太い声が聞こえたそうである。




空海入寂が835年、小田野先生が口伝されたのが1958年、

1123年≒1100年間に生涯一度だけの口伝で何人がその奥義を伝授されただろう?

20年サイクルで55人、30年では37人ほどしかいないのである。



その奥義を辿ると

空海は唐に渡り学ぶのであるが、真言密教の元になる教えが景教と考えられる。

景教は古代キリスト教の一派、ネストリアンが唐に伝わったものである。


灌頂はキリスト教の洗礼と同じものに考えられ、

病気平癒や悪霊退散を願う「加持祈祷」は、元来仏教には全くなかった概念で

キリスト教の悪魔祓いとリンクすると思うのである。



そのような秘儀を持つ景教≒ネストリアンは

個人的にはアトランティスの秘儀を伝承されてきたのではないかとよぎるのである。



霊的なパワーを現実生活に生かそうとするのが密教とすると

確かにコトバの本質(詞)にその霊力があり、それを留めているのが「字」である。


護符やお守りなど皆文字である事に気づくが

字割は更に字に硬く封じ込められている霊力を割出すとんでもない術なのである。


それを裏付けるものがSWORD=刀、

字形からいうと無上の力を象徴しているが

S+WORD、Sはアルファベット19位で十九トク=解く

無上の力(刀)はコトバを解くことで得られるのであり、

その術が天鏡図に照らした字割である。


字割で無上の力(霊力)は開かれるが、それを手にできるかが感応力にかかっている。

光透波理の知識は構築できてもネバベキの音にロックされ自己否定していてはまず難しい。


空海からの口伝がわずか50人未満であったことが物語るではないか。





天鏡図は別名、真空理数答(シンクウリスト)・云音表(ン音表)という。

「ン」という宇宙の根底の音が「ウ」に開かれ「ウ」から「アイエオ」が展開し

命波音の76音種が成立している。


真空理数答→真クリスト・云音表→ハコブネ(方舟)表と読み替えられ

人間としてクリストが再臨するのではなく、天鏡図として再臨されたと考えられ

それに照らし合わせることが救いの方舟に乗ることと理解できるのである。


全く宗教に関心がなかった小田野先生がキリスト教の真髄をも解明されたと考えられる。




D アイウエオ50音図の力

人種に関係なく人は命に宇宙の音を授かっているので

人だけが自分を自覚できる自意識を持てる由縁である。


宇宙の音は76音種と小田野早秧先生は光透波理で解明された。



人の命は76音種の音である。

宇宙は無限永遠のエネルギーであるから、

1次元では音、その音は永続音である。

2次元では光、その光はC∞の光透波で真空透明である。

3次元では温、その温度は全宇宙の温度を中和した絶対乾燥の36℃

       常春とは極楽浄土の全くの快適温度の形容であり

       人の命の持つ基礎体温になっている。



永続音はンからウに開かれ

ア行~ワ行に展開する50音+濁音20+反濁音5(パピプペポ)の76音種である。



命に永続音の76音種を授かっていることから考察すると

人類誕生(小田野先生は360万年前と考察)から神人合一の時代は

神(76音)の音=コトバを使っており、人類は母音言語の一言語であったと考えられる。


旧約聖書、創世記 第11章1節

全地は同じ発音、同じ言葉であった。



小田野先生は人類発祥地は日本であり、日本から西進し人類が増えて行ったと考察された。

それに伴って母音から離れ子音が増えて行ったと考えられる。


バベルの塔の崩壊は

神の音(永続音=母音)からずれて子音を使うようになったと考えても面白い。


旧約聖書、創世記 第11章 7~9

7、下って行って、そこで彼らの言葉を乱し、互に言葉が通じないようにしよう。
8 、こうして主が彼らをそこから全地のおもてに散らされたので、

  彼らは町を建てるのをやめた。
9、 これによってその町の名はバベルと呼ばれた。 

  主がそこで全地の言葉を乱されたからである。 

  主はそこから彼らを全地のおもてに散らされた。




なぜ日本人は母音を保てて来たのだろうか。

それがアイウエオ50音図である。


50音図はいつの時代からあるのかわからないと言われている。


神代文字,阿比留文字・・・古代の文字は母音一音一音を表し整理したものであった。

それがアイウエオ50音図として現代まで伝承されている。


もし整理されたもの=基準・原点がなければ戻る事ができず

いかようにも変化し発音は子音化していく。


人体の構造上、発声は声帯を振動させてするので息を出す必要があり

その為に瞬間音=子音になりやすいと考えられる。




方言を観るとわかりやすい。

東北弁などフランス語のように聞こえるし、

例えば東北弁と九州弁では何を言っているのかわかりにくい。


それは発音が子音化されてしまうからである。


しかし、50音図に照らすと音が明確になり、音と意味が繋がり通じるのである。


日本でも各地に方言(子音化された発音)があるが、

50音図でフィードバックできるので通じるのである。


インドを放浪していた時に体験したが、

町や地域を少し離れただけでコトバが違い通じず

50音図のようにフィードバックできるものが無いので一々覚える必要がある。


それで多言語国家は英語など公用語を必要とするが

日本では多種の方言があっても一言語で間に合うのは50音図の力である。



音を整理した50音図が無ければ、人類の増加と分散に比例し発音は子音化し

多種多様の言語が発生するのは当然である。


なぜ6500種以上もの言語があるのか考えてみれば不思議であるが

その原因が観えてくる思いである。



人類が再び神人合一を迎えるには

コトバのハタラキから言うと

宇宙=神の音に唯一ストレートの日本語がカギを握っていると考えられる。


世界では英語が公用語のようになっているが、

これからは日本語が世界の公用語になれば良いと考える。



私たちは神の音を使っている自覚が出れば

それだけでコトバを大切に使いもっとおおらかに、優しくなれると思うし

ジャッジと自己否定からの脱却も難しくはないように感じる。




D なぜ人だけがコトバを習得できるのか

コトバをなぜ習得できるのか、当たり前すぎて全く疑問には上がらなかった。

しかし、考えてみればものすごく不思議である。


その謎を小田野早秧(サナエ)先生は光透波理論で解明された。

コトバが命であると。



どのようになっているかというと

命は宇宙エネルギー、神の分霊であると理解されているが、

エネルギーで現すと

1/∞秒で∞(無限大)を回る→今という瞬間に無限大を回り今茲に戻る速度で

無限大を回っても時間差は生じない→動いているが止まっている速度(動=止)。


それが光透波で、

C(光速30万キロ/sec)の無限乗で大真空=無限の透明を構成し

「透」は秀走と書くようにTOP(秀)の走り(動き)、

どの位の速度かというとSTOP止まっている速度と字は教えている。


STOP→S+TOP

Sはアルファベット19位で十九トク、最高の速度TOPを解くと

STOP止まっているとなり、止は上に一を付ければ正という字になるので

無上の正しさを成立する速度と理解できる。



物理の持つエネルギーはE=MC2であるが、

宇宙=神のエネルギーはE=C∞と解明された。



その波動を1次元で捉えれば「音」、2次元では「光」、3次元では「温度」。

音であり光であり温度と理解できる。


神は光であるし、如来は本来は如去如来といい去=来のC∞の速度の形容であり

常春とは極楽浄土(宇宙)の温度を現していると理解できる。


「音」が宇宙意識=天意=如来の御心を成立している。



私達の命は宇宙エネルギー、神の分霊であるが、

宇宙意識=天意を成立する「音」を命に授かっていると理解できる。

     生命の樹  



宇宙意識=天意→天網(真空透明の無限に細かい網)を構成する76音種を

間脳に生命電磁場として授かっている。


ナムアミダブツ=76(音)で編まれている網だ、仏は。


人は宇宙の「音」を命に授かっているから

赤ちゃんに日本語で話しかけ刷り込むと命に授かっている音が

日本語の音で引き出されるし

英語でやれば英語の音が引き出されるように

母国語の話しかけ刷り込みでその音が引き出され、

引き出された音の仕組み(母国語)で自意識を育んで行くのである。



EDUCATEの語源は、潜在する能力を引き出すとあり、

言語の習得も命に音があるからできるわけである。


更に言えば、すでに命に宇宙の叡智を授かっているのであるから

教える覚え込ませるでは学校は登校拒否で救いにならず

引き出すスタンスであったら救得る=SCHOOLになるのではないだろうか。



人種に関係なく人は宇宙の「音」を授かり共通しているので

どの民族語も習得が可能である。

授かる音種が共通していなければ、

命に無い音は引き出せないので習得は不可能である。



そして、宇宙の「音」は動=止の絶対界を成立するが故、

主観=客観→主観を完璧に客観できた完情=空意(アイ)=愛である。


その音を授かるため自分を自覚できる自意識を人だけが持つことができ、

自意識があるが故に「自分とは何か、何のために生きるのか」と苦悩も生じる。


他の動物は命に宇宙の音を授かっていないので自意識は持てず

そのような苦悩は無く自然のハタラキの本能で生きていおり、自然そのものである。


しかし、人は自意識を持つが故に

自分で生きている、自分の力でやっていると傲慢に陥り

摂理から外れ動物以下の残忍さも持ち合わせてしまう。



さらに、人であれば先に挙げたようにどの民族語も習得が可能であるが

動物に人の言語をいくら話しかけ刷り込んでも話せるようにならないのは

命に授かる音種が無いから引き出せないのである。



引き出された言語(母国語)の音の仕組みによって自意識を育むが

(宇宙の音がストレートの日本語の母音言語と子音言語に大別される)

どういう話しかけや刷り込みで引き出されるかで

自意識(思考と感情)のバックボォンになる。



D バックボォン(母音)2

「1」では個人のバックボォンを観たが、人類のバックボォンからアプローチしたい。


世界には6500以上の民族語があるといわれ

その中で唯一と言っていい母音言語が日本語である。(ポリネシアにもあるがマイナーである)


「ア・イ・ウ・エ・オ」は母音=永続音に違いないが

カ行以後の音はどうなのか?


カ、キ、ク、ケ、コ・サ、シ、ス、セ、ソ・・・日本語の音の表記は一音に一字だが

アルファベットで表記すると

KA,KI,KU,KE,KOと「K」+AIUEO

サ行なら「S」+AIUEO

タ行なら「T」+AIUEO

      ・

      ・ 

      ・

ワ行なら「W」+AIUEO


50音全てにAIUEOの母音が付くことがわかる。

ガギグゲゴ、パピプペポなど濁音と反濁音もAIUEOが付き、

ン(N)を合わせ76音種がある。



同時にアルファベットの特徴が理解できる。

日本語の「一音に一字」例えば「カ」をK+Aと2文字で表記することは

分析性に優れるという特徴があり、

逆から言えば、日本語は一つにまとめる特徴があることがわかる。      


   生命の樹

 

イラストは天から授かる音に根を張り、葉を茂らせている逆木サカキ=榊である。

 

コトバはコトの葉なのである。

日本語は母音=永続音であることは、宇宙を構成している音をストレートに使っている

とんでもない言語で、宇宙エネルギーが乗っかっている。


日本語はバックに宇宙という母音(親の音)を携える言語で

それ故に言霊の幸和う国なのである。


アルファベットで代表される子音言語は、

瞬間音なので宇宙の音を携える事ができないのである。




コトバが思考と感情の元素であるので

子音言語(アルファベット)は分析性に優れる特徴が

答は一つ、弁証的思考で科学が発達し、宗教では一神教を生む必然性がある。


日本語は統合性に優れるので

答は色々、臨機応変、八百の神で懐が広い。

お宮参り(神道)はするし、結婚式はチャペルの教会で、死んだらお寺だし

世界中の料理を日本流にアレンジもでき、どの国のコトバ=単語も日本語に翻訳できる。


曖昧であり、宗教観が無い、アイデンティティーが無い・・・

それはどんなことも受け入れられる裏返しではないだろうか。



これからの世界平和の礎になれるのは

音の仕組みから言って日本であると考えられる。


子音言語のどの民族も宗教がベースになっているので

一神教同士ではどうしても対立を生みやすいのである。




私たち日本人が命として授かっているバックボォン(母音)を理解し

自覚することが求められる。


小田野先生は日本語の音の仕組みに宇宙=神=命を解明できる鍵があることを

光透波理論を打ち出された。

エネルギーと幾何論で弁証するので全宗教に橋を架ける事ができる理論である。

(宗教も科学も哲学も全てはコトバに由っているわけで、そのコトバとは何かを解明している)



さらには、日本語と分析性に優れるアルファベットをこなせることが

両方の良いとこ取りができ、

世界の多くの人が日本語を使うことで母音の働きで調和が醸し出されると考える。




D バックボォン(母音) 1

BACK BONE

 背骨。 思想・信条の背景にあり、それを成り立たせている考え方。精神的支柱。


思考と感情の元となっているものは、BONEボネ=母(おや)の音と解釈でき

親からどういうコトバを刷り込まれてきたかが個々の精神的支柱になっている。



背骨の状態が姿勢や体調に現れる。

ちなみに、体型は身長に関係なく骨盤が広いと太っちょ、狭ければ細身になるので、

スレンダーになるには骨盤を締める事がコツでカロリーだけが問題ではない。


特に坐骨を締めるとヒップアップしプリッとしたお尻にすることができるし

産後に太りやすく垂れたお尻になるのは

坐骨が出産で開いたままになっているからである。



思考と感情も体型と同様だ。

「三つ子の魂百までも」というように、幼少期が思考と感情のベースになるので

ネガティブなコトバを刷り込まれてきたならば、

精神的支柱はネガティブになってしまうことが解る。


ネガティブは命の本来性と違うために誰もが不快なのである。

その不快が反動となって自己防衛を強め許す事、イタワル事、認める事が難しい。


自己防衛が「闘争か逃走」の思考と感情になり、知覚を狭め緊張させていて

その事に無自覚であるが体は正直に緊張歪みとして現し、背骨に投影している。


恐怖というネガティブエネルギーを刷り込まれたら、

「怖いーッ、やだーッ!」反射的に胸を閉じ骨盤を寝かせ

肩と首をすくめた猫背になるではないか。


姿勢だけではない。

表情筋で構成される顔にそのエネルギーが出るので、人相に投影すると考えられる。


解放解消しないとずーと蓄積され続け

それが思考と感情=精神的支柱になるばかりか体質にもなるし

運勢にも投影されると考えられる。


なぜならば、WORLD→WORD+L(開く意味がある)

自身の世界=人生はどういうコトバを展開して来たかの結果であるし

コトバを変えることで自身の世界=人生も体も変える事ができ

健康と安らぎと間に合っている世界が開かれると考えられるのである。


それなのに、コトバの使い方は依然として刷り込まれたBACK BONEのまま

自身の思考と感情に見合うように現象や相手を変えよう、

引き寄せようとしているのではないだろうか。




この仕組みがわかるとほとんどの病気の原因は心因であり、

バックにある母音(親のコトバ)であり、背骨に結果している。


病気の原因の心因は親のコトバ(母音)であり

それは、そのまた親から伝承されて来ているものであるから

因縁とも言え

因縁=因音云(インネン)と音の云(はこび)とズバリと取れる。



因縁となっている思考と感情は

代々伝承されてきた親からのコトバ(母音)でネガティブであるほど

「ネバベキ」の音にロックされ、「売りコトバに買いコトバ」にしがらんでいる。


そのしがらみは「許せるようになったら許す・認められるようになったら認める・

やれるようになったらやる」と感情に支配され続け

下からのコトバの使い方でいるので、「永遠のいつか」で解消を子孫に先送る。



その子孫である「音の仕組み」に気づけた私達は売られたコトバを買わずに、

コトバの本来性である「愛と感謝、イタワリと許し」の音を使いたい。


頭にきても「ソウカソウカ、無理なかった」、問題を感じたら「モンダイナイ」と

上からの使い方に徹することで因縁解消=バックボォンの音の編集をすることになる。


問題は現象や相手ではなく、

刷り込まれたバックボォンによる自身の思考と感情にあるのだから。



言うのはたやすいが、実際は大変なエネルギーが必要である。

しがみ付くことができるのは仕組みを理解できるからであり

理知力を獲得するからである。



それができないと、「売りコトバに買いコトバ」の下からのコトバにロックされたままで

自己否定しながら自己解放を願い、問題ありにスタンスしながら問題の解消を願い

「今茲」を上へ先へ求め続けてしまうのである。


それが「永遠のいつか」なのである。





D セミナーのご案内(光透波和の会主催)


        ●第78回光透波セミナー


●日時    9月22日(祝日) 13:30~16:45


●場所    神明いきいきプラザ 集会室B(4F)

       東京都港区浜松町1-6-7

       JR浜松町駅(北口)徒歩4分、都営地下鉄大門駅(B1出口)徒歩4分


●演題    「光透波とコトバのエネルギー」+「光透波入門講座」


●講師    桑原大治  宿谷直晃


●参加費   3,000円  セミナー後に懇親会(希望者)


●申し込み  宿谷直晃    090-2447-2037 




宇宙は音。

その音の波動は1/∞秒で∞(無限大)を回っている速度です。


極小=極大を成立し、相対しない世界(絶対界=潜象界)を成立するエネルギー、

光透波=コトハ=詞{言+司、宇宙意識=天意を成立する音です。


「字」は音を止める唯一のもの。

絶対速度のエネルギー=宇宙意識=天意=真理が「字」に秘められている、

「字」を割ることで開くことができると解明された方が小田野早秧(サナエ)先生です。



小田野先生は空海から続く宗派等関係なく一生に一度だけ口伝で渡す

真言の奥義のダラニの最後の伝授者です。


如来様は如去如来(去るが如し来るが如し→去=来)、絶対速度を形容していますが

その実態をエネルギーと幾何論で解明した「天鏡図」を打ち出されました。


「天鏡図」を基に字割することで、「止観」(絶対速度を止めて観る)

阿字観(字に阿って観る)の世界をエネルギーと幾何論で理解できるのです。


一生に一人だけの伝授で空海から小田野先生までいったい何人が伝授されたでしょう。

その極秘の奥義を誰にでもわかるように解明したものが「天鏡図」です。


瞑想など主観的にしか開かれなかった潜象界が

光透波理論に裏付けられた「字割」で開かれますが、それに感応する能力が大切です。




感応力=間脳力

能力は脳力とリンクし脳の緊張圧迫を緩和することで能力が上がります。

脳の血流と神経伝達を上げるには、首の緊張緩和が大切になります。


脳を緊張圧迫している原因が、自己否定とジャッジに陥っている思考と感情であり

「ネバベキ」の音にロックされています。


「字割」によってコトバの本質=空意(アイ)=愛は開かれても、

今まで通りのコトバの使い方では感応力にブレーキをかけたままになります。


理解力と感応力、自己否定からの脱却、健康と安らぎ

そして発するコトバのエネルギーを上げるアプローチです。




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桑原大治

Author:桑原大治
宇宙は光透波
無限分の1秒で無限大を回る絶対速度、命でありコトバの本質と解く小田野早秧先生に1984から御逝去の2001まで師事し光透波理と字割を元に、埼玉県川口市でカルナ治療院を開いています。

腰痛、膝痛、首痛、顎関節症、スポーツ障害、内臓疾患、ウツ、自律神経失調症
メンタルからもアプローチしながら対応します。
改善しにくい原因に、無自覚の自己否定、口呼吸、菌の影響があります。
MMSのアドバイスもします。

予約制、水曜・木曜休診

JR武蔵野線、地下鉄南北線(埼玉高速鉄道)
東川口駅歩3分 

問い合わせ
kt99av@bma.biglobe.ne.jp

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