D感謝

I SURRENDERの境地はイヤでも感謝が湧き起ってくる。
それはがんじがらめの辛苦と惨苦から救いを受けるからだ。

その時、自分は何の力もない自覚と天という見えない力を実感するが
辛苦と惨苦があってこそ感謝が深まるのではないだろうか。
意識をCONSCIOUS、カンシャスというが読替えればズバリ感謝スとなるのが面白い。

辛苦シンクはTHINK、
辛苦が自分の内面を思考させ客観を育み、その奥底には真空(シンク)が働いている。
惨苦サンクはTHANK、思慮深いが原義だが
惨苦に救いを得ると、THANK YOU VERY MUCHの意識になって行く。



イヤでも湧き起ることは意識の本来性は感謝スに違いないと思う。
辛苦と惨苦の体験を経てきた人の感謝のコトバ「ありがとう」は
重みと深みを感じる。

感謝の大切さは重々承知してはいるが
感情が満足する現象に変えたい、引き寄せたい、幸せになりたいと
何でもかんでも、ありがとう、感謝の連発で
言霊と称し「アリガトアリガト」に背中がよじれるような違和感を感じてしまう。

確かにコトバはエネルギーだからそのようには働くが、
もっともっと深遠なるものに思うので、引き寄せのアイテムのような使い方のアリガトは
無意識の自己防衛の臭いを感じてしまう。

親は有難いもの、親に感謝しなければなりませんよ。
(本当にそう思える人はどの位いるのだろう、
霊性を練られ自己解放できれば有難く感謝が湧き起るが
親はネバベキと抑圧し比較競争の催眠術を掛けるのが実感ではないだろうか)
親だけでなく、感謝しなければとネバベキで教えられてきたが
背伸びして感謝しなくてもいいのではないか。


イヤでも湧き起るまで、悪たれをついていた方が
「ありがとう」のコトバの意義とエネルギーが深まるのではないだろうか。

その方が素直ではないだろうか。
当然、辛苦と惨苦の洗礼が待ち受けているが
その洗礼無しには、「コトバは神と共にあり、コトバは神なり」のコトバの本質や
重み、力は降りてきにくいように感じるのだが。


良い人ぶりしてコトバを薄っぺらに使うより
天真爛漫にイヤならイヤと悪たれついて良いではないか、根底には感謝スが在るのだから。
その根底の本来性を顕現するのに辛苦と惨苦の洗礼は免れないし、
その洗礼こそが計らいなのではないだろうか。


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桑原大治

Author:桑原大治
宇宙は光透波
無限分の1秒で無限大を回る絶対速度、命でありコトバの本質と解く小田野早秧先生に1984から御逝去の2001まで師事し光透波理と字割を元に、埼玉県川口市でカルナ治療院を開いています。

腰痛、膝痛、首痛、顎関節症、スポーツ障害、内臓疾患、ウツ、自律神経失調症
メンタルからもアプローチしながら対応します。
改善しにくい原因に、無自覚の自己否定、口呼吸、菌の影響があります。
MMSのアドバイスもします。

予約制、水曜・木曜休診

JR武蔵野線、地下鉄南北線(埼玉高速鉄道)
東川口駅歩3分 

問い合わせ
kt99av@bma.biglobe.ne.jp

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