D WORLD→WORD+L

Lは開く意味がある。

なぜ開く意味があるかというと

薄い紙を縦に見ると|「線」に見える。1次元での見方だ。

線に見えていたものを横に90°開くと、L「面」とわかる。 

2次元での見方であり、面積は縦×横となるわけで

「L」は字形から開く意味を持つ。


ちなみに、どんなに薄くても厚み(高さ)があるので物の存在は3次元である。

体積は縦×横×高さである。



コトバが開いているのはWORLDとズバリと字は教えている。

一人一人の集合が家族、その集合が地域、地域の集合が自治体、その集合が国家

国家の集合が世界となっているが

世界情勢は集合意識でありその元は個々の意識であり

思考と感情も含めて意識は全てコトバが生んでいるのである。


この理解が深まると

あらゆる現象に自分の意識が無自覚のレベル(潜在意識)であるが

投影し繋がっていることが観えてくるのである。



WORLDはコトバによって開かれている事をセミナーするが

「そうなんだ・・・」「そうそう、だからコトバは大切だ」「それはもう知っています」

などの反応が大抵である。




知識止まりになっているものを動かしたい。

WORLDを世界の意味から「空間」に広げてみよう。


個々のWORLDは人生という空間そのものである。

今生に限らず前世からどういうコトバを開いてきたか、

あるいは因縁は因音云(ネン)と取れるように

どういうコトバを親を始め先祖から伝承されて来たかが

出会い、対人関係、仕事、心身の健康・・・

今の人生という空間に結果していると取れるのである。


「あの一言が人生を変えた」と良く耳にするが

インパクトのあるものがクローズアップされるのだが

それに響くだけのコトバの展開がベースにあったからで

実際は様々なコトバの開きが結果しているのである。



「エネルギーは空間に結果する」。その意味から観ても

コトバがエネルギーでありコトバが人生に結果しているのである。


つまり、刷り込まれた概念・イデオロギーは元より

抑圧や過去の悲しく暗い記憶、攻撃や批判、ジャッジ、後悔・・・

それらが反動となったコトバに縛られているので

「売りコトバに買いコトバ」の路線から離れることはない。



記憶という過去にガッチリとロックされた

下からのコトバの使い方しか知らないのではないだろうか。


別の表現をすれば

「在るがまま」の真実の世界に生きているのではなく

下からのコトバの使い方が開いているバーチャルの世界に固く閉じ込められている。


そして、死後にバーチャルだったことに気づくと思われるが

果たしてどの位気づけるのだろうか。


死んでもなおバーチャルから抜け出せないので、憑依するのではないだろうか。

念が残り(残念)重いわけで、浮かばれないのである。




いつか愛せるようになったら、許せるようになったら、やれるようになったら・・・と

感情にロックされ続けているので、「今茲」と知識はあっても

もがきながら永遠のいつかを待ち望む。


もがきの解放を知識や思考に求めるので

それに触れた時は良いのであるが感情をそれらで押し込めているものだから

じわりじわりと納得できない感情が顔を出したり、できない自分を責めたたり

こう考え「ネバベキ」に陥っているし

抜け出そうと更に上へ先へ外に求め知識の構築は大したものだが

一向に降ろす事ができないのである。


無邪気さは胸の奥底に深く深く追いやりながら無邪気さのお勉強であり

「こうあらネバベキ」と自己否定しながら自己解放を

自律神経を緊張させながら活性化を図ろうとしているのである。


コトバそのものに気づけないが故にはまり込んでいる落とし穴に思う。



ちなみに、小田野先生は「生-死=命」とシンプルに考えられ

命は客観面では「動+音+音」=エネルギーで実態は光透波

主観面では感覚にコトバがはたらいている「感情」と解明されている。


つまり、感情が主観面での命であるので

感情にロックされて「売りコトバに買いコトバ」の

下からのコトバの使い方に明け暮れていては、

命=エネルギーは高まりようが無く枯渇の一途ではないだろうか。


それが端的に一番身近な空間現象である「体」に現れるし

家庭に、対人関係に、出会いに、仕事に・・・自分のWORLD(人生)に

結果していると考えられ、まさにWORLDはWORD+Lではないだろうか。




そこで気づくことは

コトバの使い方は相変わらず下からの使い方のまま

体を良くしたい、幸せになりたいと薬に頼り、神社仏閣、方位取り、霊能者、グッズ・・・

外に求めて止まないことだ。


勿論それぞれに意義があるのだが

神様仏様の御実態が「コトバであるぞよ」なのである。


方位取りは場の持つエネルギーにあやかるのだが

北が吉方なら相対する南は凶方と考えられるし

北半球は南が陽だが、南半球では南下するほど寒く陰になり

西に方位を取り大欲張りすれば一番遠い西は、ぐるりと回り自分の真後ろである。


コトバのエネルギーに気づかないと、

少しでも良くなりたい思いが方位に過敏になり逆に気を病んでしまう。

(実際、買い物すら方位で決める人が来院したことがある)


コトバの本質は光透場で宇宙を構成する5次元エネルギーなのだから

茲にいながら満天(パーフェクト)方位取りできるのである。

空海やキリスト、聖者が行った奇跡は光透場(言霊)を降ろしたのである。



「売りコトバに買いコトバ」にさよならし、

無意識無自覚を含め記憶にロックされた下からのコトバの使い方を解放し

上からのコトバの使い方に執着したい。




なぜ「執着」と表現するかというと

感情が命であるので、誰もが自分の感情が正義であり大切なので

感情という主観に埋没して、感情を客観するには大変なエネルギーが要るからである。


様々な事件の背景には、感情の納得の為に命も惜しくはないとやってしまうのである。



しかし、「音」がエネルギーと理解があると

「ソウカソウカ、無理なかった」「モンダイナイ」の音波云できている時は

感情から離れているからこそであり、

その隙間に気づきというエネルギーが降ろされて、感情が解放されていく。


感情から感覚にシフトしていき、シャープさが磨かれていく。

それが六感覚に繋がる知覚の活性に思う。




上からの使い方とは

神様仏様の御心のコトバの本質である「愛と感謝、イタワリと許し」の音を

売りコトバを買う代わりに使うことである。


「ネバベキ」の音が作る自己否定とジャッジのWORLDから

健康と安らぎ、調和が連鎖する間に合っているWORLDが醸し出されていくと考える。


コトバの本来性に執着で、執→幸+丸と書くように丸々幸せに着くテクニックである。




コトバの大切さをご存知の方は多いのだが

知識がある故に「ネバベキ」とジャッジしたり

まだ自分はダメだと自己否定に陥っている灯台下暗しが意外に多いのではないか。




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Dプロフィール

桑原大治

Author:桑原大治
宇宙は光透波
無限分の1秒で無限大を回る絶対速度、命でありコトバの本質と解く小田野早秧先生に1984から御逝去の2001まで師事し光透波理と字割を元に、埼玉県川口市でカルナ治療院を開いています。

腰痛、膝痛、首痛、顎関節症、スポーツ障害、内臓疾患、ウツ、自律神経失調症
メンタルからもアプローチしながら対応します。
改善しにくい原因に、無自覚の自己否定、口呼吸、菌の影響があります。
MMSのアドバイスもします。

予約制、水曜・木曜休診

JR武蔵野線、地下鉄南北線(埼玉高速鉄道)
東川口駅歩3分 

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