D 私って何?

クライアントさんから「私って何?」と質問された。


あなたならどう答えるだろう?


大概は本や人の意見など培ってきた知識を自分の考えにして

「それはね、こうだよ」とやっているのではないだろうか。


人が為したものは

人+為=偽イツワリ=五割で半分は自分のものではないし

偽物ニセモノと取れるのが面白い。


それに対して

字割(文字から誘導される答)は人の教えではなく、

インスピレーションとして降ろされた自分自身への答で本物である。


なぜなら絶対速度(光透波)の真理の音を留めるものが字であり

字は宇宙エネルギーの結晶化なのである。




「私って何?」に響いた答

私は「和足し」

私は調和を足していく存在、調和の連鎖を醸し出していく存在と響く。


それを裏付けるように英語では、Iアイ空意=愛

私は空意=宇宙意識・愛と取れ、和足しと連動し奥行きを深めてくれる。



私が私であれば

和足し・愛であり、天と繋がることなので調和の連鎖で間に合っている。


計算と思惑にロックされた損得感情や不安も恐れもないし

在るのは無邪気なアタタカイ想いだけで

conscious=感謝スと読めるようにそれが本来の意識である。



私が私でないギャップが

あらゆる面で不足を感じさせ損得感情や不安と緊張を強め

無自覚であるが体は正直にそのギャップを緊張と歪みとして現し

自律神経緊張=病気を醸し出している。


在るのは不足感とタタカイで、戦は単+戈と書くように

自身に戈(ホコ)を向けた自己否定と本来性との分離(自己分離)である。



顕在意識ではわからないギャップを

有難い事に体は現してくれているので

自己解放の拠り所、手掛かりにできるのである。


(体にスピリチュアリティを見出す所以である。)




私は渡(ワタシ)

調和の渡し役であるが故に調和の連鎖のど真ん中に居るのであり

渡→シ+度、シの度(レベル)を現し

命度=明度の意識のレベルで、死んだらそのまま個々の冥土に投影される。


シは詞(言+司)=コトハ光透波、私

詞は言の司りと書くように、

「はじめにコトバあり、コトバは神と共にあり」でいうコトバの事であり

その実態が1/∞秒で無限大を回る絶対速度の波動=光透波コトハである。


そのエネルギーを命に授かっているのが私であり

私は神の分霊であると言えるのである。



そしてどのように「和足し」「渡し」するかが

一人一人の個性によっているが

その情報が名前にファイルされているのである。


だから私は○○○という名前=音=エネルギーの存在であり

名前に宇宙の叡智=情報=命、潜在情報・能力がファイルされている。


生きているうちは実感しにくいかも知れないが

死んだら名前だけの存在になり

名前=音=エネルギー=波動=霊とリンクすると解りやすいと思う。


名前が命の音なのである。


名前を否定することは

こんな自分ではダメ、もっとこうあらネバベキと自己否定だから

生きる力や個性は開かれようが無いし

潜在情報・能力は封印されたままなので

頭では答は自分自身の内にあると知識は構築していても

外に情報を求めているのである。


外の情報は人からの情報でありいくら知識を構築しても

天直結のインスピレーションとは違い

所詮五割であるため、翻弄されてがんじがらめに陥りやすい。




私が私であるには

名前を愛おしく呼び大切にすることと解ってくると思う。

そして「ソウカソウカ、無理なかった」とどこまでも深くイタワル事だ。


逆は名前を否定しネガティブなエネルギーをてんこ盛りにして

呼べば簡単にエネルギーを潰してしまう。



あなたは子供やパートーナーの名前にどのようなエネルギーをのせて

呼んできたのだろうか。


自分がどういうエネルギーで名前を呼ばれて来たかが投影し

否定されて呼ばれてきた人は

自己否定に陥りやすく相手の名前を否定して呼び

抑圧コントロールしやすく


愛おしく呼ばれてきた人は相手の名前を愛おしく呼べるわけで

相手を大切に思える。


因縁の片鱗である。




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Secre

あたしゃね。

色付きの文字在るのは不足感とタタカイで、戦は単+戈と書くように
自身に戈(ホコ)を向けた自己否定と本来性との分離(自己分離)である。

単+戈と戦い=タタカイ。

ひとり単独で自分自身に戈をむけるのは

「僕がダメなんだ私がいけないんだ私のせいだ
ダメだダメだダメだ」と
ことあるごとに疲れ果てるようなことですね。


でもその
タタカイにアを足して
ア+タタカイで暖かいに変わり
温かいに変わって行きますね。

タタカイにア足しアタシでアタタカイ暖かい温かい

そういえば話し言葉の「私」はあたし=アタシ=ア+
ですね。

やっぱり私はあたしア+なので

日本語で話をする
「あたしゃね、こう思うんだけどね、いいかい、おまえさん。だいたいね・・・。」

と噺家さんの落語のこんな例とか
あたしという話しはじめが印象的な作家の室井佑月さんとか
女性がよく使っていますが


毎日つかわれて
アから始まる音をコトハを使わされ
遣わされているんですね。

そう考えると
コトハは話し言葉と同じように使おうとすることも
なんだかできそうなきがしてきます。
いちばん身近な私の
名前が命(命=名)ということも
お勉強としての光透波じゃなくて
とてもとても近く感じられます。

私と思うたび
私と話すたび
毎日毎日

アを足し
わを足し
めしを食い
と毎日がその調和
身近な調和
卑近ではない調和
あたたかい生活が身近になりますね、本当に。


Re: あたしゃね。

808さん、コメント39.

「私」はアとワを足していく存在から、アワの歌が響きます。

一行目の「ア行」から十行目の「ワ」行の音を毎日いや一瞬たりとも休みなく使いますが
それらの音をどう使うかが一十(ヒト)=人の行(おこない)になります。

和足しと空(ア)足しになる使い方で
だいたいにしてワ=WAでダブルのA(ア)ですから
AWAはどちらから読んでもアワで輪になっていて、
トリプルに「ア」でそのエネルギーを3次元化=具現化していきます。
(スパイラルのイメージ)

その具現化が調和が連鎖する間に合っている世界を醸し出し、アとワのWORDがL(開く)世界です。

人の行い。

アとワのあいだの行全部は
一行目から十行目までで
一十ひとの行おこない。

全くきれいすぎる秩序ですね。
アワ 空輪
空間は回転により成立すると
聴いた覚えがありますが
アワの回転よりあらわれるのが現象ということでしょうか。

空を飛ぶ鳥達の中には
上昇気流に乗って回転しながら
ヒマラヤを越えたり
国内の山や谷を飛んで行く種類もいるらしいですが

僕らはこのアワの一から十の行の
響きに乗って
どんどんどんどん
アを足して
どんどんどんどん
ワを足して
行けば
楽しそうですね。

随分前に
We are the world という世界的ヒットがありましたが
なんだかそんな曲も思い出しました。
個性豊かな欧米のミュージシャンが
歌い繋いだ歌、ライオネルリッチーと
クインシージョーンズが沢山の個性的なミュージシャンを集めた楽曲が
聞こえるようです。

Re: 人の行い。

一と十行=ア~ワの音をどう使うかが人の行(おこない)なんですね。

アワ空和している音をネバベキにジャッジと抑圧と限定に使い続けてきては
本来性とかけ離れ調和が連鎖する間に合っている世界を封印します。

それをやりながら自身の思考と感情に見合うように現象や相手を変えたいと
神仏に頼り方位に頼り人に依存しシノゴノ
あるいは瞑想で到達しようとやっているわけです。

ア~ワの音を本来性に使えば
地上でもっとも高いハードルのヒマラヤを上昇気流に乗って超える鶴のように
上手い事はこばれるんですね。

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Dプロフィール

桑原大治

Author:桑原大治
宇宙は光透波
無限分の1秒で無限大を回る絶対速度、命でありコトバの本質と解く小田野早秧先生に1984から御逝去の2001まで師事し光透波理と字割を元に、埼玉県川口市でカルナ治療院を開いています。

腰痛、膝痛、首痛、顎関節症、スポーツ障害、内臓疾患、ウツ、自律神経失調症
メンタルからもアプローチしながら対応します。
改善しにくい原因に、無自覚の自己否定、口呼吸、菌の影響があります。
MMSのアドバイスもします。

予約制、水曜・木曜休診

JR武蔵野線、地下鉄南北線(埼玉高速鉄道)
東川口駅歩3分 

問い合わせ
kt99av@bma.biglobe.ne.jp

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