D ゆでガエルの気づき

カエルを水からジワリジワリ加熱していくと

カエルは逃げ出さず茹で上がってしまう。


実際にはカエルは逃げ出すが

気づかぬほどゆっくりと進行していくと

人は気づくことも対応もできず瀕死の状態になる事を比喩している。

茹でガエル理論



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生まれた時は命の働きそのものを顕現し

全てに繋がっていて天真爛漫純粋無垢だが、残念な事に自覚できない。


そこにジワリジワリと

有限相対差別の地上の仕組み→オが付いた躾で比較競争差別を刷り込まれ

無邪気さを潰しひねくれていく。

(あなたも初めからひねくれていたのではないのだ。)


不安と恐怖が創るネバベキの音にロックされ

命の本来性を封印し自己防衛を強め

自身の思考と感情が正義となりジャッジに明け暮れるようになるのだ。



自分が正義なのだから

問題は現象や相手であり

自身の思惑に見合うように変えることが問題解決なのだ。


引き寄せだとか言霊とかスピリチャルに躍起するが

注意深く掘ればそのような問題解決を狙っていて

本当の問題は

問題にしている自身の思考と感情であることにはなかなか気づけない。



相手も誰もかれもが自分が正義なので

自己主張の計算と思惑でジャッジと戦いを続け

その思考と感情が命の情報を封印していることなど気づけない。


茹でガエルに陥っていてジワリジワリ茹で上がっていくのである。



角度を変えれば

本来性との分離の語膜を厚くしていき

体はカンジダ菌が増殖し酸欠で自律神経緊張を高め

嗜好も思考も支配され


ジワリジワリ茹で上がりに比例して

余剰エネルギーの枯渇でウツだ癌だ、糖尿だよおっかさんだ。


ネバベキとカンジダ菌が支配する茹で釜から逃れられず

頑張れ頑張れで自律神経緊張路線まっしぐらで癌張れ

間に合わない世界に埋没していくのである。




茹でガエルを思うと

調和の連鎖と愛と感謝、イタワリと許しの命の世界から

地上という茹で釜に降ろされたように思えてならない。


その茹で釜の中で

比較競争差別と自己防衛にエネルギーを費やすばかりでは

エネルギーは枯渇の一途ではないか。


そして残念ながらそれに無自覚なのである。


超越や臨死体験でもすれば茹でガエルを自覚し

命の世界である本来性回帰にエネルギーを発揮でき

茹で釜脱出ができると思うが

如何せん自身の思考と感情が正義であり続け

ネバベキにロックされていては、そうは問屋が卸さない。



ではどうしたら無自覚を自覚できるようになるか。


無自覚を考えても解らないが

体は緊張歪み症状として

本来性との分離、茹で具合を教えているのだから

そこにイタワリ照射しながら緩めると気づきがお出ましになる。


それは封印してきた命の情報開示だ。


(例えば過労死などは

ネバベキとカンジダ菌で命の情報が封印され

茹で上がったと言えないだろうか。

知覚が麻痺されてしまったのである。)



イライラプンプンの最中や落ち込みのドツボでは

「ソウカソウカ無理なかった」「モンダイナイ」とイタワリは無理

自身の思考と感情(主観)にとっ捕まっていてはできず

イタワリは主観から離れるからできるのである。


つまりイタワリは

主観を客観する理知力と知覚の活性を醸し出し

茹でガエルになっている事に気づけるのである。



主観に埋没し知覚の麻痺は茹でガエル

イタワリで客観力と知覚の活性でヨミガエル


命の世界に甦るのだ



D 骨粗しょう症の原因と改善

骨粗しょう症は60代女性で3人に一人、70代は2人に一人と言われ

CMに踊らされサプリを飲んでいる人が多いが改善しにくい。


なぜか?

カルシウムの不足ではなく筋肉の硬縮が大きな原因である。


骨粗しょう症と診断がつかないまでも

骨密度の低い人は筋肉が硬い。

  


   kotusosyousyou3[1]



イラストでわかるように

骨粗しょう症の多くは特に腰痛、付随して膝痛・首肩凝りがある。


筋肉硬縮はカルシウムが筋肉に多い状態であり

特に脊柱管狭窄症など腰の筋肉がカチンコチンである。



硬縮した筋肉を動かすと微細な筋繊維が断裂し

修復の為にカルシウムが分泌され

筋肉にカルシウムが沈着し弾力性が無くなりカチンコチンになる。


(痛み止めの注射をして動くことは

麻酔をかけているからで治ったのではなく

筋繊維をブチブチ切断しているわけで

逆に筋肉の硬縮=カルシウムの分泌を余儀なくし骨密度を下げる。)


そして筋肉の硬縮で椎間板を圧迫するし筋肉は骨化する。



筋肉の骨化

切断や損傷した筋繊維修復のために

カルシウムが分泌され筋肉に蓄積していき

カチンコチンの板状かビー玉のような塊をつくる。


それをほぐそうとして

グリグリ強く押したり揉んだりするが

顕微鏡で観れば細かい筋繊維や毛細血管を切断しているのである。


その修復にカルシウムが分泌されのである。


その時はほぐれた感はあるだろうが

実は骨化をさらに招き、悪循環をやっている。


強く押したり揉んだりは逆に筋肉を硬くし骨化を招くのである。



そのカルシウムはどこから持ってくるか?

骨からである。


カルシウムの貯蔵庫である骨は

筋肉修復の為にどんどん持ち出されスカスカになって行く。



それでカルシウムを補えとCMに踊らされ

サプリをとっ変えひっ変えするのだが

実は体内では

カルシウムは約98%がリサイクルで働き2%を補えばいいと言われている。


だからいくらカルシウムを摂取しても2%程しか吸収されない仕組みで

せっかく摂っても排泄されてしまうのである。


カルシウムが不足しているのではなく

筋肉に回され蓄積してリサイクルがうまく働かない状態になっている。


それが骨密度の低下・骨粗鬆症である。


サプリや薬を飲んでも改善されにくいことが解ると思う。



この仕組みが解ると

どうすれば骨密度が上がり骨粗しょう症が改善するかが観えてくる。


筋肉を緩めればいいのである。

(ストレッチや伸ばすのではない 緩める事と伸ばす事の違い



臨床で

脊柱管狭窄症や椎間板ヘルニアなどのカチンコチンの腰痛さんを

治療すると骨密度が回復していく。

(医者は薬が効いたと思っていると話してくれるが

薬はとっくの昔に止めて検査だけに行っている。)


筋肉が緩み蓄積したカルシウムがリサイクルを回復するからである。


腰痛緩和が骨密度の回復にリンクするのである。



カルシウムが不足しているのではない

回らないからである。


骨粗しょう症=筋肉カチンコチン



D 銃社会

アメリカネバダ州で10月1日

死者59人、負傷者500人を超える史上最悪の銃乱射事件が起きた。


恐怖でパニックになって逃げ惑う多くの人

トラウマを生み人生に影響することは容易に想像できる。



この事件で思うこと。

アメリカはなぜ銃を無くせないのだろうか。


銃は金+充と書くように

銃が象徴するのは物欲で

お金が充ちる事に価値を見出すのであれば

少しでも儲けたい・損をしたくないと計算と思惑

損得勘定の思考と感情で比較競争差別にロックされる。


金=物欲に支配されれば

自己防衛と主張が強くなるのは当然で

その為には銃の所持となるし

こうあらネバ・あるベキと権利を主張する社会だ。

(だからアメリカは世界の警察を自負する)


それをネバダと地名が象徴していると思う。


日本の廃刀令のようにスパッと銃を無くすことができないのは

損得勘定・権利の主張にしっかり根付いた権力が絡んでいるからではないか。



この米史上最悪の事件は

社会が自己防衛の為に銃の所持を許し

それが惨劇を生み続け

護ろうとするほど護れなくなるパラドックスに気づけず

戦いを無くす為に戦い続けている象徴のように思う。


(北朝鮮にこのスタンスを続けるのだろうか

裏にはびこる損得勘定にロックした闇の権力がどうなるか)



銃から統へ

銃が象徴するお金で充ちる心から

統→糸+充

糸イトシ=愛しで充ちる心で統(おさまる)


その統を掲げる大統領なのだから銃を許してはいけない。


奥の院がどう動くか。

銃から統の社会に変わりたい。




D 膜あけで暮しに投影 3

膜あけで体はどう変わるか

遺伝子にあらゆる情報がファイルされているが

どういう情報を出すかは細胞膜が握っている。



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シグナル伝達
細胞膜が場のエネルギーを受け取るアンテナ

遺伝子にどういう情報を出せと伝達するので

細胞膜に緊張や歪みがあるとそれに見合った病気や間に合わない現象の

ネガティブな遺伝子情報が引き出される。



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体は60兆の細胞から構成されその細胞膜の緊張は

全身の緊張萎縮歪みで自律神経緊張状態である。


文字通りオートマチックに繋がる神の経と書くように

自律神経に光透波が創る宇宙エネルギーが働いているのだから

その緊張は本来性との分離なのである。



では何が緊張原因になっているのだろうか。


語膜が創る思考と感情ではないだろうか。


それは不安と恐怖がベースになっていて

自己否定とジャッジを生んでいるネバベキの音である。


コトバは言=事、事を生んでいる場のエネルギー

体の状態も人生という空間もコトバ=コトの場が創っている。


その場のエネルギーを細胞膜が受け取り

それに見合う遺伝子を発現させている。


つまり、語膜がネガティブな遺伝子情報を発現させるのである。



仕組みからいえば

遺伝子→貴い走りを伝える音光詞数ネコシス(子)と字は教えるように

命である光透波の宇宙エネルギーをファイルしているので

語膜があければそれが発現され

健康で豊かで慈愛と安らぎに満ち

調和が連鎖する間に合っている世界のど真ん中を開いてくれる。


つまり

語膜があける事は封印されていた霊的覚醒遺伝子の発現と考えられる。


「ソウカソウカ、無理なかった」「モンダイナイ」のイタワリが

語膜をあける音のエネルギーなのである。



細胞膜を英語でMEMBRANE

BRAINと同音でメインの脳と取れることは

脳にあるだけでなく細胞膜に命の情報をあける鍵がある。

(脳細胞も細胞膜で構成されているわけだが。)


その数は60兆もあり一つ一つがその情報を握り

更に伝達し合っているのだから

カラダ→空ダと取れるように

体そのものがスーパーコンピューターではないか。


そして語膜があけた体を

クリスタルボディと言えるのではないだろうか。


なぜならばエネルギーは空にあり

それを受け取るのが酵素結晶、ホルモン結晶、鉱物結晶で

語膜が開くことはそれらの結晶が整う体になる事だから。



そしてそのスパーコンピューターの活性化なのだから

本来の素晴らしい能力を発揮する。


愛と感謝、イタワリと許しで六感覚の活性した意識であり

エントロピー増大を生む地上のエネルギーから

使うほど豊かに・浄化に・調和が連鎖する宇宙エネルギー(フリーエネルギー)を

駆使する能力で暮しに投影される。


それは理知力の賜物である。



D 膜あけで暮しに投影 2

授かる命は光透波の絶対エネルギーが創る宇宙の叡智・能力・愛。


神人合一のアダムとイブの時代と授かる命は何ら変わっていない。

なぜならば

TRANSPARENT→TRANS+PARENTと超越した親と教えるように

命の親である真空透明=宇宙=神は無限絶対永遠で

完成されているから変わりようがないからである。



赤ちゃんの時は語膜が無いため

繋がっているので天真爛漫純粋無垢の存在であるが

残念ながら自覚できない。


それと同じように

人類の嬰児期のアダムとイブの時代は繋がっている自覚は無かったと考えられる。




進化は理知力の獲得

アダムとイブの時代は無自覚であったが

繋がっていることを自覚できることが進化と考えるのである。


自覚は理知力がもたらすのではないだろうか。


一般的に進化というと

上へ先へ求めるイメージがあるが

能力も叡智も愛も豊かさも調和の連鎖もすでに在るのに

なぜ上へ先へ求めてしまうのか。


因縁がもたらす自己防衛・損得勘定の思考と感情に埋没し

緊張していて本来性をブロックする語膜に気づけないからではないか。


こんな自分ではダメ、まだ足りないと自己否定して

在るのに気づけず上へ先へ求めて

「今茲」の自分自身を肯定できていないのである。



修行や頑張りが足りないのではない、能力が無いのではない

イラストでわかるように語膜がブロックしていることが観えてくる。


     語膜


語膜をあければいいのである。


どうしたらあくか

思考と感情=主観を客観することと考える。


知識を構築しイケてると思っていても

客観すれば自己防衛と損得勘定に埋没し

不安と恐怖が創る語膜が観えてくる。


主観を客観する力が理知力、語膜をあけるエネルギーであるから

進化とは理知力を育むことと思う。


なぜなら理知力が無いから主観に埋没しているのだから。



超越や幽体離脱など体験で客観力を獲得しようとしてきたが

それを待っていては日が暮れるどころか一生が終わる危惧がある。


待つよりイタワルことだ。


主観に埋没=感情にとっ捕まっていては

「ソウカソウカ無理なかった」「モンダイナイ」とイタワリはできない。


感情から離れるからイタワリができるので

イタワリは客観力=理知力を育み

不安と恐怖が創る語膜をあけるのである。



日常で感じる違和感や問題にイタワリ照射することは

語膜をあけ暮しに本来性を投影できるようになる。


なぜなら違和感や問題は自身の語膜による認識であり

違和感や問題は語膜そのものなのである。


理知力を育むと共にイタワリは

音の本来性の宇宙エネルギーを語膜に照射するのである。


語膜があければ本来性と繋がり

健康で豊か、慈愛と安らぎに満ち

調和が連鎖する間に合っている世界が暮しに投影されされる。


それは再び地上天国の扉をノックすることではないだろうか。



無いものを求めるのではない

ブロックする語膜をあければいいのである。


すでに有ることが有難い。



D 膜あけで暮しに投影 1

宇宙は音、私達は音を命に授かっている。


1/∞秒で無限大を回る光透波が詞コトハ

言を司ると書くようにコトバの本質で

調和の連鎖と愛と感謝、イタワリと許しで充満する宇宙意識

授かる命であり自分の本質である。


      語膜


ブロックしているのが語膜であり

コトバをネバベキに使っている為に分離している。



生まれた時は天真爛漫純粋無垢で分離が無く繋がっているが

残念なことに赤ちゃんはそれを自覚できない。


誰も初めからひねくれていたのではない。


全てに繋がっているその純粋無垢に

オが付く躾で不安と恐怖を刷り込まれ

自己否定とジャッジのネバベキの思考と感情を構築させられ

本来性と分離する語膜を厚くしひねくれて来たのだ。


その刷り込みこそが伝承されてきた因縁で

WORLD→WORD+L(開く意味)と字は教えるように

コトバの開きが世界=空間を現象し

因縁通りに体に現れ人生を展開している。


愛と感謝、イタワリと許しが本来性であるコトバを

真逆の売りコトバに買いコトバ

ジャッジと自己否定を生むネバベキに使い続けてきたのである。


不安と恐怖が強いほどネバベキの語膜が厚くなり

本来性と分離→病気・自己否定と防衛・イライラ落ち込み・妬みうぬぼれ・・・

間に合わない世界を強め計算と思惑を発揮する。



自我の超越

宇宙意識に回帰したいと宗教や瞑想に求めるが

ネバベキの音が語膜を創り

自我を強めているコトバの仕組みに気づきたい。


コトバが意識を生んであるのであるから

六感覚の体験によって自我を超越しようとせずも

ネバベキの音の使い方=売りコトバに買いコトバを止め

「ソウカソウカ無理なかった」イタワリとモンダイナイを使えばいいのである。


イタワリとモンダイナイの音のエネルギーが

語膜を開け自我をフェイドアウトさせてくれるのであるが

伝承された因縁=ネバベキにコトバを使い続けている事に

なかなか気づけないのである。


なぜなら

コトバは最も身近な存在、命であるから

コトバそのものを客観できないのである。


それを裏付けるように

コトバで創られる自分の思考と感情が正義になっていて

自己主張の戦いと自己防衛にしっかり根づいているではないか。


それこそが語膜なのである。



コトバが命である理解と共に

自分という主観を客観できなければ

コトバの使い方には気づけまい。


だから分離の穴埋めを思考や知識に求め

答えは自分の中にあると言いながら外に求め

「今茲」と言いながら「上へ先へ」と求め

イヨイヨだとずーと言い続けているのである。



そして外に求めた思考と知識でジャッジしているので

いくら構築しても精神世界(本来性)と日常生活に分離が出るのは当然で

それを埋めようと

まだこんな自分はダメだ

まだ学びが足りない・・・

自己解放をネバベキと自己否定しながらの迷路をさまよう。


自己否定では命は活性しようが無いわけで

それでは瞑想が迷想になってしまい

言っている事やっている事と裏腹にウツや癌が多いのである。


それで癌になると

人類のカルマを請け負ったと言っていた人を知っているが

本当にそうだろうか。


リアルに言えば自律神経緊張=酸欠の極まりでカンジダ菌増殖だ。

命の世界を開けば自律神経は活性化するはずだが・・・




膜は月+莫

月=夜でネバベキの語膜は暗闇を生んでいるが

闇があけて日になると日+莫=暮という字になるように

暗闇を生む語膜があければ

本来性との分離が溶解し暮しに投影するではないか。


健康で豊か、慈愛と安らぎに満ち

調和が連鎖する間に合っているど真ん中の存在となれるのだ。


なぜならば

分離が無くなれば無限の中では誰もがどこに居ようが

中心になるからだ。




D 人の為は偽り

世の為人の為と励んでいる人を見ると

大概ネバベキにロックされ気が上がっている。


ホントか?

本当は自分の為ではないだろうか。


注意深く掘ってみると

自分の思考と感情を押し付けている。


なぜ押し付けるのかと言えば自分が正義で固まっているからであり

更に掘れば

認められたい尊重されたいからではないだろうか。


だからそういう人とそりが合わないと

だからダメなんだよとか否定されたり嫌われる。


変な話ではないだろうか。



人の為は偽り

自身の本来性との分離が無くなれば

調和が連鎖するしかないので

わざわざ人の為などと掲げなくても

自分がやりたい事、好きな事、楽しい事、嬉しい事

つまり自身の命が活性化する自分の為が

人の為に世の為に連動していくので

自己犠牲も押し付けもみじんも無い。


そのスタンスは

徳を積もうとするようないやらしいものではなく

振り返った時に人の為にもなっていたと喜べるような

無邪気でアタタカイものではないだろうか。


自分を偽らない正直になる事から始まるように思う。

上がった気は丹田に降りる。




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Dプロフィール

桑原大治

Author:桑原大治
宇宙は光透波
無限分の1秒で無限大を回る絶対速度、命でありコトバの本質と解く小田野早秧先生に1984から御逝去の2001まで師事し光透波理と字割を元に、埼玉県川口市でカルナ治療院を開いています。

腰痛、膝痛、首痛、顎関節症、スポーツ障害、内臓疾患、ウツ、自律神経失調症
メンタルからもアプローチしながら対応します。
改善しにくい原因に、無自覚の自己否定、口呼吸、菌の影響があります。
MMSのアドバイスもします。

予約制、水曜・木曜休診

JR武蔵野線、地下鉄南北線(埼玉高速鉄道)
東川口駅歩3分 

問い合わせ
kt99av@bma.biglobe.ne.jp

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